【短編】HAPPY SUMMER WEDDING【創作小説】

公開日: 2014/06/09 創作

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現場2年目の頃から、援助者としての想像力を鍛えることを目的に小説を書いていました。
以下、過去のものを適宜アップしています。お時間があれば、ぜひ。

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太陽が眩しい。 
7月になった。 
ここ数日、30度を超える日が続き、セミの鳴き声が夏の訪れを伝える。 



バーゲンセールで賑わうショッピングモール。 
街は季節を先取って、ショーウィンドウには、色とりどりの水着。 
かわいらしい水着を着た女性のポスターが目に入る。 
今年は、フリルのついたワンピース型の水着が流行らしい。 


私は、夏が嫌いだった。物心ついたときからずっと。 
夏がなければいいのに。小さい頃から、ずっとそう思っていた。 
春夏秋冬が、春秋冬になればいいと本気で思っていたくらい、夏が大キライだった。


今思えば、笑って言葉に出来る。 
人は、変われるんだっていうことを教えてくれた夏。 
あの日から、私は、夏が好き、とまではいかないが、 
あってもいいと思うようになった。 


彼との出会いが、私を変えた。 
いや、彼は私を変えてくれた。 



今年で28になる。 
28回目の夏。 
彼と出会って、10年目の、夏。 




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「テストが終わって、夏休みになったら、海に行こう」 



18歳の時、男の人と、初めて海にデートに行った。 
彼は、とても頭のよい人で、いろんなことを知っていて 
話題はいつも尽きず、何時間でも話していられた。 
私は、同じ歳なのにとてもしっかりしている彼を頼りにしていたし、 
自然に、会う度に、私は彼に惹かれていった。 



夕焼けがオレンジ色に海を照らしていた。 
海水浴に来た人たちは帰り支度を始めていて、 
私たちはその流れに逆らって砂浜の砂の音を鳴らした。 


海が目の前に広がっていた。私の記憶にはない景色だった。 
夏が嫌い。海なんて、もっとずっと大嫌いだったから。 


彼は、私の首の周りのタオルにそっと手を伸ばし 
それを自分の首に巻いた。 


彼は、とても優しげな目で、歯を見せて笑った。 
大きな手のひらで、私の頭をくしゃくしゃってすると 


「水着、似合ってるじゃん。さすがはオレのお姫様!!」 


ってバカみたいなこと言って私を笑わせてくれた。 


思えば、私は、あのときから、心に決めていたのかもしれない。 




鼻がつんとなった。潮の匂いかと思い、再度彼のいる砂浜のほうへ視線を移す。 
両手を大きく交差して、「早く来い」の合図を送る彼の姿が見えた。 


そっと、頬を流れた一粒のしょっぱさ。 
自分が涙を流していることを教えてくれた。 


今まで流してきた、悲しい涙じゃない。 
嬉しいから、心から幸せだから、この涙は、その証だった。 



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彼と初めて出会ったのは、大学1年生のときだった。 
出会ったというのは正確な表現じゃないかもしれない。 
高校が一緒だったのだけど、話す機会なんて全然なくて 
顔は知っていたけど、名前はうろ覚えだった。 


大学の入学式の帰り道、後ろから声を掛けられた。 
同じ大学に行くなんてもちろん知らなかったし、きちんと話したのも 
それがはじめてだった。 


「1人で不安だったから、少しでも知ってる人がいてよかった。」 
そう言いながら、笑う彼の中にはまだ幼さが残っていて、少年のようだった。 


第一印象は「素直な人だな」って思ったくらい。 
それから、授業の帰りにご飯を食べにいったりすることが増えて 
自然に、一緒にいる時間が増えていった。



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大学生になって初めての夏。 
新しい生活にも、大学にも慣れてきた頃だった。 


あの日も今日みたいに暑い日で 
日中、熱を溜め込んだアスファルトが冷え切らない夜だった。 


道玄坂の入り口で、坂の先をぼんやりと眺めながら 
地べたにぺたんと二人で座っていた。 

近くのカフェで買ったアイスティーは汗をかいていて 
氷が、あっという間に溶けた。 



横にいた彼が、ぽつんと言った。 



「テストが終わって、夏休みになったら、海に行こう」 


「ここからだったら、太平洋側かなぁ・・・茨城の大洗とかいいかなぁ。
小さい頃、家族でよく行ったんだけど、あそこはよかったなぁ。」 


彼は楽しそうだった。 
私に好意を抱いてくれてる。それは彼を見ればわかる。 


「好きな男の子と海に行く」 


普通の女の子だったら、きっと喜ぶのだと思う。 
私も、好きな男の子と一緒に海でデートがしたかった。 
だけど、私はその一言を心から喜べなかった。 


アスファルトに残る熱気を、 
ふっと頬をなでる風が、どこかへ持っていく。 
木々がざわめいて、雑踏の雑音たちと混じっていく。 





「私ね、小さい頃、心臓の病気で手術をしたんだ」 




彼の視線が私の顔に移る。 
私は、どんな表情をしていたのだろう。 


「それでさ、今も治ったわけじゃなくって、 
だからあんまりムリはできないんだ。 

胸にだってさ、おっきな傷があるんだよ。 
きっと、見たらびっくりするよ。 
あ、って言っても絶対見せないけどね。 


小さい頃からプールとか海とかが嫌いだった。 
女の子同士で泊まりで遊びに行くのも極力避けてきた。 
おかしいよね。 

わかってるんだよ。きっと、自分が思うほど、 
人は気にしてなんかいない。きっと、自意識過剰なんだって。 


でもね、私は自分に自信がないんだ。小さい頃から、ずっと。 
人並みに元気なカラダだったら、もしかしたら、もっと違った人生になってたんじゃないかって、たまに思っちゃうの。そんなこと考えても仕方ないのにね。ダメだよね。私。
 
胸の傷がなければ、かわいい水着だってたくさん着れるのに。 
友達とプールにいったり、彼氏が出来たら海でデートだってできるのに、って
考えても仕方が無いこと、ずっと、考えちゃうんだ。


結局は、自分に自信がないんだよ。わたし。 


こんな私じゃダメだよ。 

私のことはいいからさ。 
他の女の子と、海に行ってきなよ。 
私と行ってもつまらないよ。きっと。 」 




まくし立てたから、自分でも何を言ったかよくわからない。 
彼は、私の横で何も言わずに話を聞いていた。 
視線が再度、わたしに向かう。 
彼の口元で、すっと、息を吸い込む音が聞こえた気がした。 




「だから、なんなんだよ」 



視線を逸らせなかった。 
彼の視線が、私の瞳の中を吸い込んで 
私はそこから抜け出せなかった。 


「オレは気にしないよ。 
亜伊が、病気だろうが、傷があろうが。オレには関係ないよ。 
傷も、今ここにある何もかも全て、お前が、生きてきた証だろ 

今、目の前で、俺の目の前で笑ってるお前が生きてる証だろ。 
今、生きてるんだろ!わかってんのかよ!

おれは、お前といると楽しいよ。
お前に勇気をもらってるよ。 
お前が頑張ってるの見ると、オレも頑張らなきゃって思う。 
だから、自分を否定すんなよ、自分を卑下すんなよ。 
亜伊には、いいところ、いっぱいあるよ。 
そうじゃなかったら、今、オレは、お前の隣にいないよ 
いたいって思わないよ。 
オレは、傍にいたいから、おまえの傍にいる。それだけなんだよ。」 




そういうと彼は、視線を空に戻し、 
アイスティーのふたを開けて一気に飲み干した。 


彼の瞳から逃れられた私は、やっと呼吸が出来た溺れそうになってる人みたいに 
大きく息を吸って、彼の視線の先にある夜空を見上げた。 



”オレは気にしないよ ”

”オレは、お前といると楽しいよ” 

”おまえにはいいところ、いっぱいあるよ ”



ドキドキして、鼓動が耳の奥でうるさく響いていた。 
嬉しくて、よくわからなくて、頭の中がごちゃごちゃになっていた。 



「やっぱ、東京は星が見えないなぁ。」 


「今度さ、海に行こう。 

夜の浜辺で星を見よう。 

波の音を聞きながら、夜空の星を見つけに行こう。 
夕日がオレンジ色になって沈むのを見て、それから星を見よう。 
ほら、夕日に、星空。我ながらお得なプランだなぁ」 



彼の優しさが、つまった言葉だった。 



「今度、海に行こう」 


「そうじゃなかったら、今、オレは、お前の隣にいないよ 
いたいって思わないよ。」 



「オレは、傍にいたいから、おまえの傍にいる。それだけなんだよ。」 



渋谷の雑踏で、かき消されそうな中 
木々がざわめいても、彼の言葉はかき消されずに、私の心の中で響いた。 



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あの日から10年が経った。 
あれから、10回目の夏を迎える。 


彼は、私の最初で最後の人になった。 
海辺でデートをした、最初で、最後の人。 
私が愛した最初で最後の人。 


彼と出会って10年目の今年 
私は、彼と結婚する。 



私を変えてくれた人。 
私を愛してくれた人。 




今年は、ワンピースの水着が流行だそうだ。 
そういえば、10年前に流行った水着もワンピースだった。 




夫婦になってはじめての夏。 
今年は何を着て行こうかな。 



もう傷は気にならないよ。 
私は強くなれた。私は変われたよ。 



向き合い方ひとつで、人生は変わるんだね。 
やっと、胸を張って、自分を好きになってあげられるようになったんだよ。 


ぜんぶ、あなたのおかげです。 



あなたがいてくれたから。私は変われたんだよ。 
本当にどうもありがとう。 
これからも、ずっと、ずっと、よろしくね。 



10年前の夏の日 
そして、10年目の今日。 



あの夏の日に、ありがとう。







Fin




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