【自己覚知論】援助者としての自分が有するリスクを勘案するという術をもつこと

公開日: 2014/06/10 CW MSW 思索 自己覚知





1.テリトリー化する他者(問題を抱える当事者)の人生】という名の支援フィールド



とある業界の支援者たちが、自分たちの支援フィールドをテリトリーのように扱うようになったとき、おそらく支援者という顔は影に覆われ、自尊感情や自己実現をそこで満たすようになったとき、支援者としては死ぬのだろうな、とふと思った先日。



支援者たちが立っているのは、他者(問題を抱える当事者)の人生というフィールドだ。

だが、それは、支援者たちからみれば、自分たちが支援すべき「支援フィールド」化する。


【他者(問題を抱える当事者)の人生】という名の、支援者たちにとっての支援フィールドが、支援者たちの自尊感情や自己実現を満たすためのテリトリー化したとき、とある支援者集団にとって、たとえ同じ業界であっても、他の支援者集団は、テリトリーを侵食する”敵”としてしか捉えられなくなる。



支援フィールドの扱う”問題”が複雑で禍々しさを増せば増すほど、
戦国時代のような領土合戦が生まれる。他者の人生というフィールドで、だ。


支援フィールドの扱う”問題”が複雑で禍々しさを増すほど、支援フィールドの真ん中にいるはずの”当事者”たちは、支援者集団のテリトリー争いに傷つくことがあると想像する。ときに支援者集団にとって、当事者は、神輿のように担がれシンボル化され、その影で満たされる支援者たちの存在はある一定数、確実に存在する。



支援フィールドで数多の支援者集団によって日々行われる代理戦争というのは、自らのフィールドで吹き荒れる風に耐えきれず、どう振る舞えばよいのかわからない人間たちが為す遊戯や愚行のようにも思える。


加えて、他者のフィールドで起こす戦争は、自らの領地(支援者としての自分の人生のフィールド)は荒廃しない。だから、最高にタチが悪い。そして、当の支援者たちは「自分たちが正義」であるので、尚更タチが悪くなるように思う。




2.他者の人生というフィールドで代理戦争を繰り返し、個人としてリカバリーを果たそうとする援助者



支援者集団が、他者の人生というフィールドで為す無自覚な代理戦争は罪だとさえ思う。


他者の人生というフィールドで代理戦争を繰り返し、個人としてリカバリーを果たそうとする援助者は、そういった作業は、現場に出る前に完了させておくべきなんだ、とせめて、自覚し、自己制止できるようでありたい。


これは、支援者という広義な概念に留まらず、ソーシャルワーカーを含めた専門職としての援助者たちにも言える。



私は、援助者という肩書きを得た瞬間に、目の前に居る他者に「ポジティブな影響」を生み出すことができる、というお気楽主義な考えに決して賛同しない。



自らのテリトリーで足を踏ん張って立つことができなかった人間が、他者の人生というフィールドで代理戦争を繰り返し、まさに今、自らの足で自らのフィールドで立ち上がらんとする人間の足を引っ張るリスクがあることを自覚することが、必ず必要であり、それが、自己覚知の中で一番大切なことだと私は考える。






3.援助者としての自分が有するリスクを勘案するという術をもつこと


なぜ援助者としての自分が、クライエントに不利益を被るリスクをどれほど有しているのか、という思考ができないのか?


それは単に「苦痛だから」という理由以外の何ものでもない。


やれ寄り添っただ、やれニーズを引き出しただ、援助者自己満足の快楽ばかりに流れてるその時間こそが、狭義の代理戦争なのだ、と。



現場では”快”に流れない方がいい、と私はいつも思う。

気持ちよくなったり、満たされたりした時というのは、大概「代理戦争」を終えた後だし、「寄り添う、引き出す」というのは、援助者主語の言葉なので、ほとんどあてにならないと考えている。援助者主語の言葉で多く満たされる現場というのは、その多くが代理戦争中、だ。




”援助者としての自分が有するリスクを勘案するという術をもつこと”


こういった話が、研修等でなぜ触れられないのか…?
それはTIPS(秘訣や裏技)感がなく、成長が実感できないし、苦痛で溢れているからだと考える。

「クライエントのため」とその口が言うならば、まず何よりも先に、クライエントと対峙する前に、援助者としての自らの心とカラダが有するリスクを勘案する術をもつべきなのだと私は思う。



援助者としての自らが、クライエントに対し利を及ぶす正義であるということに「問い」を抱くことができなければ、自らの心とカラダが有するリスクを勘案する術をもつ、という段階にはすすめない。




そして、また、”援助者としての自分が有するリスクを勘案するという術をもつこと”は、現場に長く身を置けば置くほど、術をもつこと自体が難しくなる。


だからこそ、現場に出て、可能な限り早い段階で、”援助者としての自分が有するリスクを勘案するという術”について考え、身につけていく必要があるとわたしは考えている。


それが、まずなによりも大切な自己覚知なのだと、常々思っている。


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