新人時代を追憶する-1-

公開日: 2011/10/15 MSW キャリアデザイン

新人医療ソーシャルワーカー見聞録というBlog名にも関わらず、新人時代のエピソードをあまり記していないなーと思ったので、ここいらでヘタレだった(今でもあまり変わらないのですが…笑)1年目の記憶を引っ張りだしてみようと思います。

入職して1年目は、急性期ではなく、慢性期病棟の患者さんを担当していました。
いわば、「能動的な問題解決へのニーズを明確に有していない患者さん家族」を日々目の前にしていたわけです。

「困ったことなんてなにもないよ」
「しつこいなー。」「今は大丈夫です。何か困ったら相談しますね」




患者さん家族のそんな言葉を前にしてたじろぐばかりでした。
ときには、心優しい患者さん家族が、新人ソーシャルワーカーに対する役割演技としての「患者・家族」として振る舞ってくれることもありましたが、そのことに気づけたのは、もっとずっと先のことでした。


この1年間は、「患者さん家族は困り、問題解決を求めて相談室の扉をノックしてくるものだ」という大学の教科書的なイメージを持っていた自分にとっては、苦行の1年であり、「人と向き合う」ということ、その恐ろしさ、そして奥深さを痛感した時間でもありました。


1年目の自分は、患者さん家族と対峙することが怖く、いつも失敗を恐れていました。
ソーシャルワーカーとしての自分には「手持ちの武器は無い」、患者さん家族に「能動的な問題解決への明確なニーズも無い」そんな無い無い尽くしの状態で、患者さん家族と対峙することが苦痛で仕方ない時期でもありました。


1年目から2年目にかけて、日々の雑感や、考えたこと、悩んでいることを書き記したノートがあります。4冊ほどのノートには、患者さん家族にどのように自己紹介すればいいかを悩み、自己紹介文がいくつも書かれているページがありました。


読み返すのも恥ずかしいノートですが、その当時の自分の迷い、悩み、前へなんとか進もうとする葛藤、そういったものが記されている今となっては微笑ましい宝物のようなノートです。


あるときを機にノートに記載することはなくなりました。きっと書かなくても頭の中で整理できることが増えてきたからなのかなと理解しています。(今も、複雑化した問題については紙に書き起すことが多いですが)


きっと1年目の自分が、「困った!」「助けて!」という患者さん家族を最初から担当していたら、「専門職と患者さん家族」という構図に新卒ぺーぺーの自分を当てはめて、「問題解決」のみに焦点化し、「人と向き合う」ということを深く熟考する機会を得られなかったかもしれないなと今振り返って思うのです。


1年目に参加していた職能団体の新人研修において、自分と同じ新卒の同業者たちが、「オタクの病院は○○の方は入院受けてもらえるんですか?」という「3ヶ月前は学生だった人間たち」が吐く言葉としては、あまりにもビジネスライクで、反吐の出る言葉にものすごく強烈な違和感を感じたのを覚えています。


1年目の頃、毎日仕事を辞めたいと思っていました。
何のためにこの仕事についたのか。自分はどのようなソーシャルワーカーを目指すのか


全てがわからなくなっていました。意味付けのできない事象たちに埋没して、この仕事を続けていくという強い気持ちが持てなくなっていたのです。


そんな1年目の冬のことでした。
今も忘れられない、自分がソーシャルワーカーをもう少し続けてみようと思えるきっかけとなった患者さん家族がいました。


70代の患者さん本人と、同居している同じく80代のお姉さん。


病気と加齢により、認知症の進行、身体能力の低下がある本人を、お姉さんは「今まで通り家に連れて帰るべきか、これを機に施設に入所させるべきか」を迷っていました。


そんなお姉さんと数回面接を重ねても、お姉さんの中で「結論」は一向にみえてきませんでした。新人だった私も、「決定を下せない」お姉さんを前にして、どうすべきかを迷うとともに、あるひとつの明確な「クリアーすべき課題」が見えてきていたのです。


お姉さん自身、自分も高齢であるため身体の不安、本人を介護する日々に耐えられるのか

本人は家に帰りたいときっと思っている。そんな本人の思いを見ない振りをして、本人を施設へ入所させることがいいことなのか。実際に施設に見学に行ったけれども、それでも決めることが出来ない。


そんな思いがお姉さんの中に渦巻き、葛藤を起こしているのは新人の私でも感じ取ることができました。


あるひとつの明確な「クリアーすべき課題」
それは、「葛藤を起こしているお姉さんの気持ちを、本人としっかりと話し合うことができていない」ということでした。


面接という閉じられた空間で、本人不在の場で語られるお姉さんの葛藤。


「その葛藤を解消してくれる唯一の方法・存在は、患者さん本人の存在であり、言葉でしかない」ということに対し行動を起こすことがお姉さんが「クリアーすべき課題」であり、そしてきっとそのことをお姉さん自身もわかっている、わかっているけれども、その一歩をすすめる勇気が出せないのだ。


そのようにソーシャルワーカーとしての自分はアセスメントをしました。


数回目の面接において、私ははっきりとお姉さんにそのことを伝えました。


「そうですね。わたしもずっとそう思っていました。○○(患者さんの名前)と私、ふたりで生活をしていくのだから、○○としっかりと話をしなくちゃ、前に進めないですよね」


「よし。今から本人と話をしてこようと思います」


凛としてそう言い放ったお姉さんが、その後、少し間を空けて言った言葉が今も忘れられません。


「ひとつお願いがあります。明日、○○のところへ言って、昨日私とどんな話をしたかということを聞いてほしいんです。もしかしたら、私の前では、正直な気持ちを言えないかもしれないので、○○の気持ちを聞いてあげてほしいんです」


「私は、こうするから、あなた(ソーシャルワーカー)にはこうしてほしい」


患者さん家族が、自分たちの人生の次なる一歩を勇気を出して踏み出す瞬間に立ち会えた時間でした。


「決められない。決断を下すことができない人」というラベリングをお姉さんにするのではなく、「本人を大切に思うからこそ、本人の意思をないがしろにできない。でもだからこそ、本人の気持ち、思いを知るのが怖い」というお姉さんの人間像を「少しでも」描くことが出来た上で、患者さん家族の人生における「決断」に寄り添えたのかなと思えたのです。


自分が理想とするソーシャルワーカー像に1ミリでも近づけたかのかな、と思うことのできた出会いでした。


その後、お姉さんは家で今まで通り本人と生活するという選択をされ、ご本人は在宅での生活を続けられています。



職業的価値観を形成するスタート期において、悩み苦しんだ時間は必ずカタチあるものとして自分の目の前に現れます。それがいつになるかは自分の努力次第。


「明けない夜はない」そう信じ、真摯に誠実さをもって、目の前にいる患者さん家族に対峙する。その積み重ねの先に、自分しか見ることの出来ない素晴らしい景色がある。そう私は信じています。


毎日辞めたいと思っていたヘタレな自分でも5年目を迎えることができているのですから、
今、悩んでいる新人ソーシャルワーカーのみなさんも、自分だけの景色がいつかきっと得られるはず。同業者のひとりとして、応援しています。



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