【創作】Secret Base 6

公開日: 2014/06/12 創作



「雨、振らないといいね」
 

「エリ」はそう言うと、薄ピンクのタオルを首に巻きなおして、
帽子の鍔を確かめるように2,3度上下に揺らした。 



「大丈夫ですよ。昨日の夜、てるてる坊主に祈っておきましたから」 
最年少の「ちくちく」がお茶らけてそう言うとみんなに笑いが起こる。 



「今更、引き返せないですもんね」 
真黒に日焼けした「ken」が太ももをパチンと叩きながら大きく声を張り上げる。 


「そうだ。今日しかないんだからさ。さ、そろそろかな。朧(おぼろ)隊長!」 
ひょろりと長身の「ルシファー」が見かけによらない野太い声でそう言うと自然とみんなの視線がこちらに向くのがわかった。 


「よし。行こうぜ、みんな」 


引き返すわけにはいかなかった。
雨だろうが雷だろうが大雪だろうが、僕らに与えられたのはこの1日しかなかった。
みんなが欠けることなく目的を達成することが、彼にしてあげられること。
それが僕らが出した結論だった。 

誰かのために、自分たちにできること。 
僕らが出した結論は、僕らの手で実行するしかなかった。 

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人はひとりでは生きてはいけない。
この言葉の意味するところに辿り着くことなく一生を終える人は、きっと幸運のようで不運なのだと思う。今の僕にその意味がわかるかどうか。正直自分自身でもよくはわからない。

でも、10年前の夏。僕らは「人はひとりでは生きていけない」ということの意味に悩み、迷い、傷ついて生きていたように思う。


 自分の傷は自分では手当てできない。
だから誰かの傷を手当する。誰かが自分の傷を手当てしてくれる未来を願って。 


「僕、死んじゃうかもしれないんだ」 


彼が零した言葉には、きっと僕らの想像のつかない想いたちが詰まっていて、きっと、詰まっていた何かをこぼしてしまわなければ、彼は彼でいられなかったのだろう。 


無機質な文字たちが伝える彼の孤独は、到底僕らにはわからないものだった。
わからないということ。その時ばかりはそれが悔しくてもどかしくて仕方なかった。

「死」というものは、当時高校生の自分たちにとっては遠い遠い違う世界のように思えた。感情の伴わない文面に並べられた「死」だからなおさら現実感がなかった。 

僕たちはとても大切な青春の一時を過ごした仲間だった。 
その仲間たちとの出会いは僕の人生を変えた。 


みんなはその時代を生きていた。みなそれぞれの悩みを持って、
でもそれでも精一杯生きていこうとあの時誓い合った。 


夏が来ると思いだす。10年前のあの夏を。 僕らは必死だった。
誰かを想い、誰かのために何かができないかと本気で考えた。
大切なことをたくさん、本当にたくさん教えてもらった夏だった。 


あの夏は花火のように、綺麗で儚かった。 
儚い記憶は、淡い記憶となり僕の胸に残っている。 


みんなはどうしているだろうか。 
元気にしているだろうか。 
花火のように儚いあの夏の記憶を蘇らせてくれているだろうか。 



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1999年夏。 

雲ひとつない空に浮かぶ羽音の聞こえぬ鳥たちの姿。
早くこの生活からサヨウナラがしたくて仕方なかった。 


当時、大学受験を控えた僕は、冷房の効きすぎた予備校の自習室の住人だった。
毎朝予備校がある駅に向かう電車から富士山が見えて、まるで日本一の頂きが、自分が挑む受験戦争の勝利を象徴しているように思えて勝手によく自分を励ましていたものだった。


でも、帰り道夜の電車の窓から見える同じ名前の山は闇夜に不気味に映えて、なんだか意味も分からず不気味に思えたのを覚えている。 地方国立大の工学部志望だった僕は朝から晩まで必死に勉強して、微分積分をやっつけては寝る、という毎日を過ごしていた。 


当時は携帯電話が普及し始めたばかりの頃で、クラスでも持っているやつはほとんどいなかった。のちに携帯電話にお株を奪われることになるポケットベルが主流だった時代で、同じクラスの女子がよくポケベルのことを話しているのを耳にしたものだった。メル友ではなくベル友なんて言葉が流行ったのも僕らが高校生のころだった。 


でも、僕は女子とポケベルでやり取りするなんていうキャラクターでもなかったし、何よりその当時の僕の興味は電気機器メーカーに勤める父親から買ってもらったパソコンに向かっていた。今でこそ小学生がパソコンを持っていても驚かれない時代だけれども、その当時はクラスにパソコンを持ってるやつは数人しかいなかった。 

インターネットの海はとても刺激的で、自分の知らないことがなんでも知れるような気がしていた。僕はF1が好きで、いつかマシンを作る仕事がしたいと本気で思っていた。


専門のサイトを見ては、世界中のサーキットで繰り広げられる熱戦が、自分の手に届く世界のようでとても興奮したものだった。インターネットとゲームが趣味の工学部志望の高校生。そう言えば、大体のイメージは持ってもらえるのではと、今思い返すと少し可笑しくなる。 



彼らとの出会いはとある「チャットルーム」だった。 


チャットルームというのは、リアルタイムで文字によるコミュニケーションを行う掲示板のようなもので、キーボードを打つ速さがコミュニケーションの円滑さに繋がる。僕はチャットルームで会話を重ねるごとにブラインドタッチのスピードが速くなったものだった。 


チャットルーム「Secret Base」 


僕が当時熱中していたゲームの攻略方法が載っていた個人作成のゲームサイトの中にあったチャットルームの名前だ。中身は秘密でも何でもない誰でも参加できるチャットルームで、部屋数は1-13まであり、僕らがよく集まっては話をしていたのはSecret Base6だった。 


Secret Base6の主要メンバーは5名。
年齢は中学2年生から高校3年生。僕はSecret base6の中では最年長だった。

剣道一筋のken(中学3年生:男子)
卓球部のちくちく(中学2年生:男子)
演劇部のエリ(高校2年生:女子)
謎多きルシファー(高校2年生:男子)
そして朧(高校3年生男子:自分) 


ハンドルネームの「神無月朧」は自分の生まれた暦から取ったものだった。
戦国時代っぽい響きで自分はカッコイイと思っていた。 

7月に入った頃だっただろうか。彼はguestとしてSecret base6にやってきた。


ハンドルネームの未入力の入室者は「名前が無いです」と表示され、「名前がないですさんが入室しました」とメッセージが表示される。そんなとき、メンバーはguestを温かく迎え入れる。それがSecret Base6のモットーだった。 


メンバーが「はじめまして」の声をかけるも彼からの反応はなかった。 


どうやらチャット初心者のようだと僕は思った。初心者にとってキーボードを叩き、文字でコミュニケーションをとるには時間がかかる。 


名前がないですさん:「はじめまして」 


3テンポくらい遅れて挨拶が返ってきた。 


エリ「はじめまして!よろしくね!」 


ちくちく「よろしくおねがいしまーす!」 


朧「よろしく!チャットは初めて?」 


・・・・・沈黙が続く。 


「はい。はじめてです」 


Guestの彼のスローテンポの反応を待つ間に、
各自ハンドルネームと年齢という自己紹介を済ませる。


エリ「ハンドルネームは決まった?」 


ちくちく:「僕らみたいなメッセージの横に表示される名前みたいなものです」 


名前がないですさん:「決めてないです。どうしよう」 


朧「みんな意外と適当に名前をつけてるよ。好きなものの名前とか?いろいろ。」 


エリ「私は本名だけどね♪」 


Ken「僕は剣道のken」 


ちくちく「僕はサボテンが好きだから」 


名前がないですさん:「ポテトサラダ・・・」 

朧「お!ハンドルネーム決定??」 

エリ「ポテトサラダ好きなの?」 


ポテトサラダ「いや…嫌い。」 


ちくちく「わかった!おうちがお惣菜屋さんで人気ナンバーワンがポテトサラダ!」 

朧「なわけあるか!」 


Ken「学校でのあだ名とか?」 


朧「どんなあだ名だよ!」 

ポテトサラダ「学校はしばらく行ってない…」 


これが彼との最初の出会いだった。


今で言う不登校なんだろうと僕は思った。
でも、そんなことはどうでもよかった。


Secret Base6のメンバーにとって、みんながどんな生活を送っていようが関係のないことだった。くだらない雑談やゲームの情報を交換し合ったり、日々の学校生活の愚痴を言い合ったり、世界が180度回転しても現実にはなり得ない世界だと思っていたから。非現実の世界の秘密基地。それがSecret Base6だった。 


非現実が現実になる境目は誰にもわからない。
けれど、それはある日突然やってきた。
彼との出会いが、僕らの非現実の世界を変えようとしていた。 


人はひとりでは生きてはいけない。この言葉の意味するところに辿り着くことなく一生を終える人は、きっと幸運のようで不運なのだと思う。今の僕にその意味がわかるかどうか。正直自分自身でもよくはわからない。 

でも、10年前の夏。僕らは彼に出会い、変わっていった。 
「人はひとりでは生きていけない」ということの意味に悩み、迷い、傷ついて生きていた。 


「僕、死んじゃうかもしれないんだ」 

全ては彼のこの一言からはじまった。 
僕らは彼のために何ができるかを考える末にある作戦を実行した。 
今振り返ると、とても青くて恥ずかしくて。 


誰かのために自分たちができること。 
それを一生懸命考えた夏だった。 

夏が来ると思いだす。秘密基地で語り合った僕らだけの未来を。 
Secret base6で語られるひと夏の記憶。 



僕らだけの秘密の記憶。 
それは綺麗で儚い夏の花火のようだった。 


Secret Base 6 vol2 へ続く
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