OVA(オーヴァ)の理事に就任しました

公開日: 2013/11/26 OVA SCA 思索 社会起業 社会起業家



ご報告です。


このたび、ジサツ防止活動「夜回り2.0(インターネット・ゲートキーパー)」を行なっているJiro Ito氏が代表を務めるOVA(オーヴァ)の理事を拝命することになりました。

代表Jiro Ito氏のブログでもご紹介いただきました。
OVA(オーヴァ)の理事にSCA代表が就任します。)

(OVA(オーヴァ)はNPO法人化の準備中です。
私とJiro Ito氏との出会いについてはこちらを参照ください。)

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OVA(オーヴァ)はラテン語で「卵」(複数形)の意味です。

この卵という言葉は村上春樹氏の「壁と卵」から
着想をえているもので、
「傷つきやすい、かけがえのない人間(卵)によりそう」という意味を込めています。

現在、私が行っているジサツ防止活動
「夜回り2.0(インターネット・ゲートキーパー)」
が今後、NPO法人化するOVA(オーヴァ)の軸となる事業になりますが、
ラテン語にしたのは、
ゆくゆくは日本だけではなく、世界の「卵」にリーチし、
ジサツを減らすという大きな目標を込めたものです。
もちろん、「ジサツを減らす」事のみを目標に
活動をしていくつもりはありません。(これは改めて)


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なぜ、理事を拝命したのか。
本エントリでは、そのこたえについて、述べさせていただきます。


まずは、Jiro Ito氏の最近のブログエントリ
安心して「シニタイ」と言える社会へから、以下を抜粋いたします。


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私は、デタッチメント(かかわりのなさ)こそが大きな問題なのだと言います。

「(能力的に)気づけても、(心理的に)気づけない、気づこうとしない」そんな人々の行動をウンザリするほど見てきました。 

デタッチメントとは「距離をとること」「かかわらないこと」

マザーテレサは「愛の反対は無関心」であると言いました。

「シニタイ」と言えない社会というのは、つまり、人々が他者の痛みに無関心である(気づいているけれど、気づけない)ということであり、社会の構成員である私達同士が「かかわりのない」社会です。デタッチメントの社会です。

受け入れて、かかわってくれる保証がなく、むしろ「村八分」にされる恐怖が上回っているから「シニタイ(助けて)」と言えない。

安心して「シニタイ」と言える社会というのは人々が他者の痛みに共感し、寄り添おう(関係しよう)とすること。
誰かが受け入れてくれる、関わってくれるとおもうなら、安心して「シニタイ(助けて)」と言えるのです。

そもそも、これこそが、私たち人間が社会を構成する意味だったのではないのでしょうか。

安心して「シニタイ」と言える社会とは他者に無関心でない、「かかわりあいの社会」という意味です。

目指すべきは「シニタイ」と言えない社会ではなく、安心して「シニタイ」と言える社会ではないのでしょうか。



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Jiro Ito氏が上記で述べている通り、
「シニタイと言えない世界」と
「助けてと言えない世界」は同義だと私も考えています。


私はソーシャルワーカーです。
日々、現場で、ご自身たちの力や既存の資源等だけでは
対処が難しい問題を抱える人たちと対峙しています。



お金がない。家族とうまくいかない。
友達がいない。仕事がうまくいかない。
仕事が見つからない。眠れない。
体の調子が悪い。何をするにもやる気がでない。
全てがうまくいかない。自分の存在している意味がわからない。


誰かに話せたらいい。
誰かに話したい。

誰かに話したい。けれど、話すことのできる相手がいない。
誰かに話すと、迷惑がかかるかもしれない。
誰かに話しても蔑ろにされるかもしれない。だから、話せない。


誰かに話したい。
でも、誰にも、話せない。


「ダレモ」、「ダレカ」の「アナタ」になれない世界。


誰かの「誰か(助けて)」というメッセージを、
「誰も」引き受けることのない(できない)世界。


これを絶望の世界と言わずに、なんと言えばいいのだろうか。


『「ダレモ」が、「ダレカ」の、「アナタ」になれない世界』

この世界の果てにあるのが、「ジサツ」なのかもしれない、と、
私はJIro氏との出会いの中で、想像をするようになります。


社会の構成員たちの多くが、「シニタイ(助けて)」というメッセージを、
「(能力的に)気づけても、(心理的に)気づけない、気づこうとしない」側に
立ってしまわざるを得ない社会。


これは、誰が悪いとかそういうことではなく、
私たちの生きる社会が、そうなってしまった、
としか言うことができません。



OVA代表のJiro ITo氏が行っているジサツ防止活動
「夜回り2.0(インターネット・ゲートキーパー)」は、

『「ダレモ」が、「ダレカ」の、「アナタ」になれない世界』
の果てに達してしまいそうな状況にいる人たちを、

”インターネットと言葉の力”を総動員し、

『「アナタ」にとっての「ワタシ」がいる世界』へ
引き戻そうとしているのだと、私は思うのです。


『「ダレモ」が、「ダレカ」の、「アナタ」になれない世界』
の果てに達してしまいそうな状況にいる人たちは、極限のパワーレスの
状態にあることは容易に想像できます。


一人暮らしであったり…
引きこもっていたり…
現実世界との接点を遮断してたり…


極限のパワーレス状態にある上記のような人たちに対してアプローチする。


インターネット空間は、”風穴”でもあるのです。
それは、”絶望と希望の風穴”と言えるかもしれません。


『「ダレモ」が、「ダレカ」の、「アナタ」になれない世界』
の果てに達してしまいそうな状況にいる人たちが、スマートフォンに
宛先のないメッセージを打ち込みます。


「シニタイ(助けて)」と。


現実世界では、届くはずのない宛先不明のメッセージは、
インターネット空間という”絶望と希望の風穴”を通し、無限の空間に彷徨いはじめます。


宛先がないメッセージは、無限の空間に彷徨い続けるはずでした。

ですが、「夜回り2.0(インターネット・ゲートキーパー)」は、
宛先の存在し得なかったメッセージを、インターネット空間を”希望の風穴”に変えることで、

『「ダレモ」が、「ダレカ」の、「アナタ」になれない世界』の果てに達してしまいそうな状況にいる人たちを、『「アナタ」にとっての「ワタシ」がいる世界』に、引き戻そうとしているのです。



以上、Jiro ITo氏が行っているジサツ防止活動「夜回り2.0(インターネット・ゲートキーパー)」に対する個人的な考えを抽象的表現で記しました。



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スマートフォンに対し、言葉を発する(打ち込む)とき、
そこに他者と言葉を交わす必要はありません。

つまりは、メッセージを発する(心と体の)コストが極端に低いです。

これは、パワーレスにいる人たちにとって、他者と交わることと、検索窓に言葉を打ち込むことのコストを比較想像してみると、その意味が分かると思います。

スマートフォンは、今や、ほとんどの人が持ってます。
多くの人は、スマートフォンを介して、インターネット空間と接続するのです。

今後、技術の進歩とともに、インターネット空間と接続するのは、スマートフォンではなく、時計やメガネ、などのウェアラブル・コンピューターが主流になるでしょう。



そして、人間の感覚と同期できるようにさえ、なるかもしれません。

個人の人格が、現実とインターネット空間という区別ではなく、
それらが融合し存在するような社会になるのもそう遠くないのかもしれません。


ですから、

宛先の存在し得なかったメッセージを、インターネット空間を”希望の風穴”に変えることで、『「ダレモ」が、「ダレカ」の、「アナタ」になれない世界』の果てに達してしまいそうな状況にいる人たちを、『「アナタ」にとっての「ワタシ」がいる世界』に、引き戻そうとする、「夜回り2.0(インターネット・ゲートキーパー)」は、非常にテクノロジーとの親和性も高いものであることも想像ができます。


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長くなりました。

最後に、先述した、私が「夜回り2.0(インターネット・ゲートキーパー)」に抱いた考えと、テクノロジーとの親和性の話を踏まえ、なぜ、OVA(オーヴァ)の理事を拝命したかについて、私が代表を務めますSocial Chage Agencyに絡めて、お伝えします。



人と人との無数の関係性を編み合ってできているのが社会です。
無数の関係性の中で、日々、世界には無数のメッセージが生まれます。
その数だけ、関係性は編み合われ、世界に無数の網が生まれています。


誰かに「シニタイ。(助けて)」と言えない社会は、
編み合われた関係性の網が解かれて、綻んでしまった、
宛先のないメッセージが、彷徨う世界なのだと思うのです。


メッセージを発した先に、誰も受け止めてくれる人がいないのは、哀しい世界です。
宛先不明なメッセージは行き場を失い、彷徨い続けます。


誰かが、声を発しようとしたとき、その声を受け止めてくれる場があれば、
人は、その場に身をあずけるように、大きく振りかぶって、誰かが自分の声を拾ってくれると信じて、「宛先があると信じて」、メッセージを発することができるのではないか、と私は思うのです。


そして、それは、顔が見える関係性か否か、
ということはときにそれほどの重要性を持ち得ないと私は考えます。
(これは、私の10数年前の実体験からも言えることですが、
本旨ではありませんのでまた別の機会に述べます)


メッセージの宛先のない世界に生きる人にとっては、
”誰かが、受信してくれた”ことが、
『「アナタ」にとっての「ワタシ」がいる世界』
に自分の心と体を引き戻すために、まず、必要なのです。


「ダレモ」が、「ダレカ」の、「アナタ」になれない世界』の終焉。

それこそが、ジサツ防止活動「夜回り2.0(インターネット・ゲートキーパー)」
の活動の目的を達した後の世界なのかもしれません。




ソーシャルワーカーの「ソーシャル」は言わずもがな「社会」を指します。


「いつの世も、ソーシャルワーカーは、 
クライエントの背中に存在する社会の不条理さをクライエントを通して知る。  
知ったからには、そのままにはしておけない。」

援助者たちは、クライエントの背中に、社会を常に見ているはずです。


過去の先達たちの、価値ある実践は確かに大切ですし、尊重され、学ぶべきものです。

しかし、「対人援助職という社会的振る舞いや言葉」に、援助者としての自分を同期させるのではなく、「対人援助職としての自分を、社会に同期させる」ことができなければ、いつまで経っても、ソーシャルワーカーは、社会を支えることはできても、社会を変えることはできないのではないか、という強烈な危機感が私の中にはあります。



社会に対して、自分の言葉で、同期せよ。
社会に、自分の言葉で、照準を合わせ、問いを射し入れるのです。

問いという槍を、社会に向けて、射し入れること。
その先に、今は見ぬ、未来を描くこと。



Social Change Agencyは、今後、5年、10年スパンで、
日本のソーシャルワークの未来を考えた上での事業を行います。


今現在に、照準を合わせているようでは、遅いのです。

社会の変容を想像・想定し、その上で、これから現場に足を踏み入れる未来のソーシャルワーカーたちに、どのようなシステムを創り、バトンタッチをできるか。


社会に対して、自分の言葉で、同期し、
問いという槍を、社会に向けて、射し入れること。
その先に、今は見ぬ、未来を描くこと。


Social Chage Agentたちを輩出することを目指した
Social Chage Agencyの主宰として、


私自身がまず、
社会に対して、自分の言葉で、同期し、
問いという槍を、社会に向けて、射し入れること。
その先に、今は見ぬ、未来を描くこと
を、為さねばなりません。


そのためには、

”クレイジーで、自分が世界を変えられると本気で信じる人”
の船に乗ることの、必然性が、私にはありました。


ですから、私は、OVAという船に乗り、船頭であるJiro Ito氏を、
Social Change Agency 主宰として支え、共に未来を描くという、
大いなる挑戦をすることに決めました。


OVAもSCAも、その航海は始まったばかりです。
目指すべき大陸は、未だ見えません。

ですが、私たちは、言葉とイメージで未来を描き、
”在るべき未来”を創ります。きっと、必ず。

なぜなら、未来は言葉で創られるのだから。







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クレージーな人たちがいる
反逆者、厄介者と呼ばれる人たち
四角い穴に 丸い杭を打ちこむように
物事をまるで違う目で見る人たち

彼らは規則を嫌う 彼らは現状を肯定しない
彼らの言葉に心をうたれる人がいる
反対する人も 賞賛する人も けなす人もいる
しかし 彼らを無視することは誰もできない
なぜなら、彼らは物事を変えたからだ
彼らは人間を前進させた

彼らはクレージーと言われるが 私たちは天才だと思う
自分が世界を変えられると本気で信じる人たちこそが 
本当に世界を変えているのだから

Think different.


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