安易な差別化を図ることによって、ソーシャルワークの専門性・価値を貶めるのはもう止めよう

公開日: 2012/08/29 MSW 思索

『先日コーチングの研修に参加した。ソーシャルワークでは、コーチングという言い方はしないけれども、傾聴や承認は、日ごろの当たり前のように行っている。けれどサラリーマンの中には、日頃、そういうことをあまりやっていない人が多いようで、驚いた』

という感じの発言を先日、同業者の口から聞きました。



『桂剥きの研修に参加しました。板前業務では、桂剥きは日頃の業務でやっています。しかし、ソーシャルワーカーの中には日頃、そういうことをあまりやっていない人が多いようで、驚きました。』


とその方に返してさしあげようと思いましたが、いいオトナのでグッと堪えました。


先述した文脈に込められているのは、

「俺たち対人援助職の持っているスキルはコーチングとか、もはや、あまちゃんだし、リーマンたちも対人援助職スキルをゲットでもっと仕事しやすくなるのに、ったく俺たち対人援助職のスキルは崇高でヤバいぜ」


という非常に貧相な職業的価値観だということを、当のご本人は気づいていない。話を聞いているこちらが恥ずかしくて、悲しくなったのです。




ということを同年代の同業者と話したところ、
逆に「この人は自分で自分の専門性・価値を貶めてる…!」という言葉が返ってきました。


「こんな簡単なこと俺たち(ソーシャルワーカー)は意識しないでできるし、誰でも普通にできることだろ。サラリーマンの仕事にも超有効・有用なのにやってないなんてまじ信じらんねぇ」と読み替えられるのだという言葉を聞き、「なるほど」と思ったのです。




他領域との安易な比較によって、自身の職業領域の特異性を挙げるということは、

誰でもできます。ですが、結構このような類いの発言を同業者から聞くことが多いのも事実なのです。



「批判はいつでも自己批判を内包していなければならない」



という意識の外にあるとき、冒頭のような言葉は、おそらく何も生み出さないのです。
そのことへの危機感みたいなものを感じられる、鈍麻しない感覚を持ち続けなければと思うのです。



「自分の言動が、自身の職業の専門性や価値を貶めていないか?」




そう胸に問うとき、「そもそも、自身の職業の専門性や価値とはなんぞや?」という前提となる問いが存在するはずなのです。悲しいがな、冒頭のような発言をする時点で、「自身の職業の専門性や価値」についての言葉なんぞほとんど存在し得ないのです。


10年以上のキャリアがあり、冒頭のような発言をするようであれば、おそらく、その方がもつ自身の職業の専門性や価値」は貧相なものであると想像し得ます。




先達のソーシャルワーカーたちに恥じない実践を。
後輩たちに伝承できる価値ある実践を。
目の前のクライエントに対して、利となる実践を。


そう、胸にとめ、邁進していきたいものです。




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