『”なぜ、ソーシャルワーカーはソーシャルアクションできないのか?”という問いについて考える〜後編〜』
公開日: 2014/09/05 ソーシャルアクション 思索
前回、みなさんから「なぜ、ソーシャルワーカーはソーシャルアクションを起こせないのか?」という問いについて、ご意見を頂きました。多くは、ベテランソーシャルワーカーの方からのご意見だと推察致しました。 ご意見を頂いたみなさま、貴重なご意見をどうもありがとうございます。 まずは、頂いたご意見をいくつかご紹介させていただきます。
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(頂いたご意見1)
長島様
END ALSを始めたHiroさん、ALSの当事者であり、原体験を基にソーシャルアクションを起こしました。メディアを通して訴える反響は大きく、END ALSへの参加者はすごい勢いで増えています。彼らは当事者たちにどのような支援が必要か、聞き取り調査を行いよりよい支援を目指して活動しています。これは当事者のソーシャルアクションです。歴史を遡るとハンセン病患者の人権について以前、法学部の教授の講演をうかがいました。関心のある弁護士たちで療養所で生活する人々に一人ひとり聞き取り調査をしてどのような生活をしてきたのか、人権問題として国に訴えてきた活動を耳にしました。同じような「支援者の活動」は年越し派遣村で有名になった湯浅誠も記憶に新しいです。
指摘されているように援助する側、
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(頂いたご意見2)
北のソーシャルワーカー様
いつも読ませて頂いております。
ソーシャルアクションを起こしているソーシャル・ワーカーはおりますよ。多くはないです。でも発表の場で実践報告されておりますよ。社会福祉士の全国大会で実践報告もありましたし、東京社会福祉士会の方から「なぜ社会福祉士はソーシャルアクションを起こさないのか?ソーシャルアクションを学ぶ場がないのか?」という提言もありました。
ソーシャルアクションが毛嫌いされているのは社会運動・運動論と結び付けられてしまうからです。
でも学ぶ場がなくても創意工夫でソーシャル・ワーカーから社会を変えることはできます。かくいう私もやっています。
ソーシャルアクションを起こしているソーシャル・
ソーシャルアクションが毛嫌いされているのは社会運動・
でも学ぶ場がなくても創意工夫でソーシャル・
患者団体と一緒に国へ要求を挙げ変革しております。
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(頂いたご意見3)
ふくなが様
ソーシャルアクションまで考えられる人が少ないから…では。福祉職は待遇が悪いとか、自分のおかれている目の前の事だけに追われているとか、そういう事にとらわれ、個別ケースで得た社会的に訴える必要がある事、について社会に訴えるという術を知らない。
世代的に事なかれ主義な人も多いかも。
あとは優しいから…という理由で福祉学科に進みそのままワーカーになり優しさしか取り柄のない人が多い。
もっと頭を使って人の人生と関わる社会変革を訴えて行く必要があるとおもいますが、ワーカーのみならず若い世代はそういう視点が抜け落ちてる人が多く、特に福祉業界は体制に流される人が多い気がします。
そもそも福祉とは、ソーシャルワークとはがわからず社会福祉士の、国家試験の勉強のための大学になってるのが問題では?と思ったり。
私はmswですが年々戦わない、いいなりワーカーが増えて転院させ屋にみずからなっていることに危惧しています。
世代的に事なかれ主義な人も多いかも。
あとは優しいから…
もっと頭を使って人の人生と関わる社会変革を訴えて行く必要があ
そもそも福祉とは、
私はmswですが年々戦わない、
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様々な視点からのご意見をどうもありがとうございました。
当事者やロビイストのアクションから学ぶこと、職能団体の政治的介入の弱さ、
ソーシャルアクション自体が社会運動と結びつけられるため毛嫌いされる、
そもそもソーシャルアクションの術を持たない、教育体制の問題…etc
どれも貴重なご意見で、このような話題を今後、ネットだけではなくリアルの場でも行えたらいいなと思いました。
今後、頂いたご意見の要素を整理し、まとめてみたいなと思っています。
本当にどうもありがとうございました。引き続き、ご意見を募集していますので、
ぜひ、お声をお聞かせ下さい。
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本号では、引き続き、ソーシャルアクションについて考えていきたいと思います。
私自身のの学生時分の体験と、以下、NPO法人フローレンス代表の駒崎さんの以下の言葉を補助線に、 お伝えをしていきます。
『この日本社会をどう変えるか、僕は純粋に考え続けてきました。
政治という回路も遅いし、市民運動的なアプローチ力も弱い。
であれば、
それを制度化するロビイストとしてふるまうことで、
制度に接続して全体を救うという方程式があるのではと考えたんです』
(静かなる革命へのブループリント:http://goo.gl/tnwIbL より抜粋)
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私の経験自体は、
ですが、11年前、学生時代に立ち上げた「小児病院で入院している子どもさんのきょうだいの子どもさんを学生が預かって遊び相手をする」という団体について言及された記事を改めて読んでいて、少し繋がるところがあったのです。
11年前は、小児科病棟は感染症持ち込みリスク等の理由で、15歳以下の子どもはきょうだいであっても入棟ができませんでした。 親に連れられてきても、きょうだいだけは、病棟の外のベンチで待っている。そんな光景が多く見られていました。
11年前は、小児科病棟は感染症持ち込みリスク等の理由で、
私は、自身も入院経験がありきょうだいもいたこと、かつ、
当初賛同してくれた10名弱のメンバーは、
毎週末土日学生がチームになって活動するというカタチになりました。
当時、日経や毎日等の新聞社や、NHKの特報首都圏等で「病気のこどものきょうだいへの支援」でも取り上げられました。
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以下、黒岩神奈川県知事のコラムより抜粋です。
http://www.kuroiwa.com/column/nurse47.html
当時、日経や毎日等の新聞社や、NHKの特報首都圏等で「
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以下、黒岩神奈川県知事のコラムより抜粋です。
http://www.kuroiwa.com/column/
保健師の黒川理恵子さんは言います。
「もともと32年前から院内でのボランティア活動があったんですが 、 いろいろとやっていく中で兄弟支援の必要性に気づいたんですね。
それまでは一緒についてきた子供たちが階段の踊り場を遊び場所みたいにしていて、落ちないかしらって不安に思ってたんです。 こういう場を作ったら、福祉大学の学生さんがサークル活動の一環として応援に来てくれる たくさんのみなさんに理解してもらうことが大切なことですね」ようになりました。
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上記は正確には事実ではないのですが、この一文は、ソーシャルアクションの構造を考える上で、私にとって、非常に示唆深い言葉でした。
このコラムは、私たち立ち上げメンバー卒業4年後の記事なのですが、その後、後輩たちの頑張りにより、病院の信頼を獲得し、その結果、活動自体が、学生団体主導ではなく、「これは組織としてやるべきことだ」=病院(組織)の事業化された、という変遷を活動開始から7年くらいで辿ったということなんですよね。
上記は正確には事実ではないのですが、この一文は、ソーシャルアクションの構造を考える上で、
このコラムは、
まあ、スピード感もスローでスモールスケールなのですが、
『
組織内(病院)に吸収された(主導権が移行した)というのは、組織の目的と合致したということです。 』
ですが、思い返せば、これは「学生だからできた」
一点突破と言えども、社会人としての責任は、
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エピソードが長くなったのですが、
今のソーシャルワーカー業界のままでは、
「アドボケイトをし、それだけでアクションした気になり、現実が変わらない(つまりは、社会の問題により、生活上の困難等が生じている人たちの生活が変わらない)のであれば、それは、ソーシャルアクションではなく、”もどき”でしかないでしょう」
組織内で、ソーシャルワーカー自らが主体となり、組織内の目的に合致した新規資源開発や政策提言を行うことが難しい場合の、ソーシャルアクションの手法としては、
自分で独立して起業して事業を興して、提供するサービス+アドボカシー活動をし、新たに資源開発を繰り返しながら、そこで集積した問題をロビイングして政策を変えていく(フローレンスの駒崎さんはこの主たる例ですね)
もしくは、自組織の外からもたらされた活動を、その主体と組んで、組織内の政治ゲームに買って、組織内でその活動を事業化するか。
組織内で、ソーシャルワーカー自らが主体となり、
自分で独立して起業して事業を興して、提供するサービス+
もしくは、自組織の外からもたらされた活動を、
あとは、所属組織外の組織に属し、その組織の母数を増やし、政治的介入能力をもち、数の力で政治的介入を行うか。(これは主に職能団体が担うべきですが、加入率2割り程度では無理な話ですね)
これくらいでしょうか?
これくらいでしょうか?
組織に属しながら、事業化したり、
だからこそ、今後、ソーシャルワーカーたちが、
ソーシャルワーカーは、
ここ10年で、ソーシャルワーカーは日本において、どのような職業的ポジションをとるのか、とるべきなのか、というマクロの視点で社会に置ける自分たちの職業が存在する意義を考える必要があると思っています。
そうでなければ、職業としての社会的意義の欠落さえ引き起こしかねないと思うのです。
そうでなければ、
これでは、社会的認知度向上以前の話になってしまうわけですし、何より、そんなことでは恥ずかしくて未来のソーシャルワーカーたちに顔向けができません。
ケースワークからソーシャルアクションまで、
「そういった人間は、少ない」という前提条件のもとで、ソーシャルアクションの構造を再構築する必要があると考えます。
つまりは、他のプロセスは、その専売特許の人間たちに委ね、
ソーシャルワーカーは、何より連携恊働を好み、
分業型ソーシャルアクションを為すには、
政策提言をするには、「言葉の変換」が必要ですし、これは、
ソーシャルワーカー、研究者(シンクタンク等)、起業家集団、
そんなことを夢想しつつ、
現場発のソーシャルアクションは創発されやすくなるだろうと思っています(質や倫理的問題はまた別の話としても)
この先の話は、またおいおい。
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