仮説)社会福祉専門職養成課程・実践現場において、ソーシャルアクション機能が弱体化することで起こること
公開日: 2015/12/14 ソーシャルアクション 教育 思索
「社会福祉専門職養成課程・実践現場において、ソーシャルアクション機能が弱体化することで起こること」について、歴史的観点から、まとめたものを共有します。
「ソーシャルアクションは死んだのか?〜戦後社会福祉の歴史からSCAのミッションを考える〜」より抜粋です。
歴史から見る日本の社会福祉専門職養成
1925:第一回社会事業講習会開催
1945:終戦
1946:旧生活保護法施行/日本社会事業学校開設
1947:日本国憲法施行
1948:大阪社会事業学校設置
1950:生活保護法制定
福祉六法、国民健康保険法制定
1987:社会福祉士及び介護福祉士法制定
1991:福祉関係八法改正
2000:介護保険法施行
2006:障害者自立支援法施行
2013:障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律』(通称・障害者総合支援法)施行
日本国憲法からみる社会福祉
すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生
の向上及び増進に努めなければならない。(憲法第25条)
生存権からみた社会福祉
社会福祉政策はどのように実行されるか?(社会福祉の循環構造モデル)
仮説1)ソーシャルアクション機能が弱体化した要因
①戦後、GHQの主導のもと、社会事業教育において、社会政策や社会運動等がカリキュラムから除外された
②学生運動、社会運動等の影響
③1980年代以降の社会保障費の増大
②学生運動、社会運動等の影響
③1980年代以降の社会保障費の増大
参考)「社会事業大学50年史」、「証言:日本の社会福祉」、「社会福祉概説」他
仮説2)戦後社会福祉業界の“失敗”
①福祉政策の末端にいるにも関わらず、政策主体にフィードバックする機能を欠落させた「物言わぬ労働者」つまりは、単なるブルーカラーとして消費される労働力と化した。
②ソーシャルアクションは養成過程においても軽視され、社会福祉士国家資格化により、ソーシャルアクションに関連する他学問はより軽視されるようになった。
②ソーシャルアクションは養成過程においても軽視され、社会福祉士国家資格化により、ソーシャルアクションに関連する他学問はより軽視されるようになった。
③沈黙と化したソーシャルアクション機能は、職業の社会的意義の自己喪失と、社会からの評価・期待・信頼を得損ねた。
仮説3)ソーシャルアクション機能が弱体化することで起こること
①社会福祉の立場から社会問題について言及し、それを世間一般に広く発信していくことが難しくなる。
②社会福祉従事者の活躍の場を獲得していくことが難しくなる。③国の政策決定過程に介入ができないため、社会保障の拡充等に関与できなくなる。
つまりは、、
国、一市民、社会福祉従事者たちにとって
不利益を生むのではないか?
<参考書籍>
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