【学部論文全文】小児がん患者・家族に対するソーシャルワーク援助の必要性、果たすべき役割についての考察〜エンパワメント・アプローチの視点から〜

公開日: 2014/02/15 MSW 学部論文 小児

私が学部時代(2006年)に書いた論文について、もしご興味のある方がいれば、活用いただければと考え全文をBlogに転載しました。内容は所詮学部なので言及はしませんが、先行研究等のまとめ集としては使いようがあるかなと自己評価しています。
【題名】
小児がん患者・家族に対するソーシャルワーク援助の必要性、果たすべき役割についての考察〜エンパワメント・アプローチの視点から〜

【要旨】
近年の医療の発展は目覚しく,様々な病気が治るようになり,一昔前は不治の病であると言われた小児がんにおいても,約7割が根治をみるようになったといわれている.


治療を終え,元気に社会生活を送る子どもが増えてきた一方で,入院中・退院後において,小児がんの患者・家族が多くの心理社会的問題に直面しているという事実が,看護師や心理士による研究で明らかにされてきた.医療機関において,患者・家族の心理社会的問題への支援を行う専門職のひとつに,医療ソーシャルワーカーの存在が挙げられる.心理社会的問題を抱えた小児がん患者・家族への支援は医療ソーシャルワーカーの業務に入るが,先行研究の数は非常に少なく,その専門性が確立されているとは言い難い.

本論文では,上記を踏まえ,前述した心理社会的問題を抱える小児がん患者・家族に対して,どのような医療ソーシャルワーク援助が考えられるかをエンパワメントアプローチの視点から考察し,その必要性を明らかにすることを試みた.

小児がん患者・家族が抱える心理社会的問題は,入院生活における不安等の心理的な問題,医療費や入院生活費などの経済的な問題,きょうだいの養育等の家族における問題,その他入院中における子どもの保育・教育を受ける権利の保障や,退院後,原疾患を抱えながら,進学,就職,結婚,妊娠・出産等のライフイベントの場面において遭遇する問題など,生活全般に渡っていたが,それら心理社会的問題に対するソーシャルサポートは非常に少ないということが明らかになった.

そして,上記,小児がん患者・家族が抱える心理社会的問題に対する医療ソーシャルワーク援助について考察を行い,「心理的不安への支援」,「当事者活動への支援」,「患者・家族の代弁(アドボケイト)」,「患者・家族と地元校・医療スタッフとの間の橋渡し役」,「ニーズの開拓」,「社会資源の開発」の6つが,医療ソーシャルワーカーに求められる役割であると結論付けた.

不治の病であった小児がんの治療成績が向上し,やがては,1千人に1人以上の小児がんを経験した成人が社会に進出するであろう事実は,医療技術の発展を示すと同時に,現疾患からくる晩期障害等の心理社会的問題を有した小児がん経験者が増える可能性があることを示唆している.小児がん患者・家族への医療ソーシャルワーク援助が専門化し,確立されていない中で,退院後,さまざまな心理社会的問題に直面している小児がん経験者への支援をどのように行っていくかが今後の課題である.

【目次】
序章.本研究について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・13
1.研究の背景   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1
2.研究の目的   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2
3.研究の方法   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3
4.本論文の構成  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3
.小児がん・医療ソーシャルワーカーについて・・・・・・・・・・・・・・・・・46
1.小児がんについて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4
1)小児がんの定義
2)小児がん治療の現状
2.医療ソーシャルワーカーについて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5
  1)定義     
2)誕生・歴史  
3)現状     
.現代家族の特徴・小児医療の現場におけるインフォームドコンセント・・・・・・79
1.現代家族の特徴 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7
2.インフォームドコンセントについて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7
1)インフォームドコンセントの定義
2)小児医療におけるインフォームドコンセント
.小児がん患者・家族が抱える心理社会的問題・・・・・・・・・・・・・・・・1028
1.入院中      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10
1)病気の受容・理解
2)子どもへの病気の説明
3)子どもが入院することによる家族の生活の変化
4)経済的な問題
5)きょうだいの養育
6)医療スタッフとのコミュニケーション
7)子どもにとっての入院生活とは
8)保育と遊びの問題
9)学校・教育の問題
10)治療開始
11)学校復帰
2.退院後     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・22
  1)原疾患による晩期障害
2)告知の問題
3)日常生活における疾病管理             
4)学校生活
5)進学・就職
6)結婚と妊娠・出産
3.本章における考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・27
.小児がん患者・家族に対する医療ソーシャルワーク援助の必要性 ・・・・・・2948
.エンパワメント・アプローチ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・29
1)エンパワメント・アプローチの前提と,その歴史
2)エンパワメントアプローチにおける「力」(パワー)の定義
2.当事者活動   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・32
1)小児がん経験者の会
2)院内親の会
3.家族への支援  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・34
  1)子どもが入院することによる家族の生活の変化への支援
2)きょうだいの養育への支援
3)病気の受容・理解,医療スタッフとのコミュニケーションに関しての支援
4)家族が子どもに病状を説明することへの支援
4.本人への支援  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・40
  1)入院中に保育・遊びを受ける権利の保障
2)学校・教育に関する問題への支援
3)復学への支援
5.社会資源    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・42
1)患者・家族のための宿泊施設
2)経済的な制度
6.退院後の小児がん経験者が抱える心理社会的問題に対しての支援・・・・・・・・45
1)長期観察外来・長期フォローアップ外来
  2)退院後,社会生活を送る小児がん経験者への医療ソーシャルワーク援助
.終章       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4955
1.考察      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・49
1)当事者活動について
2)患者本人への医療ソーシャルワーク援助について
3)家族への医療ソーシャルワーク援助について
4)ソーシャルサポートについて
2.結論      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・52
謝辞        ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・55
引用・参考文献   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


【以下本文】
………………………………………………………………………………………………………
序章.
本研究について 

1.研究の背景
近年の医療の発展は目覚しく,様々な病気が治るようになった.それは子どもにおいても 言えることで,長期入院を要する小児がんにおいては,約7割が根治をみるようになったと いわれている.それにともない,子ども自身への病名説明や,退院後の生活等,新たに目を向け ていかねばならない問題が出現した.

また,子どもだけではなく,子どもを傍で支える家族の精神的・肉体的負担も大きいものが ある.子どもが入院したその日から,病院は子ども・家族にとっての生活の場となるであろう. しかしながら,病院は医療を提供する場であり,生活の場であるという認識は病院にはない. それゆえ,子ども,家族は多くの問題に直面する.

小児がん患者・家族が抱える心理社会的側面からのアプローチの研究は看護師や心理士 を中心に多くの研究がなされている1医療機関における小児がん患者・家族が抱える心理社 会的問題への支援は医療ソーシャルワーカーの業務に含まれる.わが国における小児がん患者・家族への医療ソーシャルワーク援助についての先行研究は,都田ら(1979)による「小 児がん患者・家族へのケースワーク的アプローチについての考察」2等があるが,その数は非 常に少ない.また「, ソーシャルワーカーも,小児専門医療機関以外では小児以外の仕事を多く 抱えており,病気の子どもと家族への関与の頻度は多様である」3というように,小児がんだか らといって必ず医療ソーシャルワーカーが関わるわけではない.そしてまた,未だ亡くなっていく子どもたちがいる中で,小児がんを経験した子どもたちが,成人し,自立を果たすこと のできる時代になった.

しかし,小児がん経験者たちは,原疾患からくる晩期障害等,さまざま な問題を抱えながら,社会生活を送っていかねばならない.このように,退院し,社会生活を送 る小児がん経験者に対して,長期経過観察を行う「長期フォローアップ外来」を開設する医 療機関は増加してきており,日本全国に現在,76 箇所存在する4.長期フォローアップ外来とは 「小児科医が中心になり,看護師,ソーシャルワーカー,臨床心理士などが協力して晩期障害 や心理社会的問題の診療に当たろうとする取り組み」5である.しかし,実際,長期フォローア ップ外来において,医療ソーシャルワーカーが同席し,関わっている医療機関は非常に少な く,吉田(2002) 「小児がん長期観察外来におけるソーシャルワーカーの役割」6,先行研究 もわずかしか存在しない.

このように,小児がん患者・家族が抱える心理社会的問題への医療ソーシャルワーク援助1
の専門性は確立されているとは言い難い..そしてまた,小児がん患者・家族への医療ソーシャ ルワーク援助がもたらす,実践的研究も少なく,小児がん患者・家族への医療ソーシャルワー ク援助の必要性,そしてその果たすべき役割を明示することは難しい.

………………………………………………………………………………………………
1樋口明子(2004)「小児腫瘍患児家族の実態に関する研究-生活モデルからのアプローチ」東洋大学大学院社会学研究科 福祉社会システム 2004 年度修士論文.
2都田雅子,石井文子(1979)「小児がん患者・家族へのケースワーク的アプローチについての考察」『医療と福祉』36.28-36. 
3谷川弘治・駒松仁子・松浦和代・夏路瑞穂編(2004)『病気の子どもの心理社会的支援入門』ナカニシヤ出版.
4ガイドライン作成委員会(2006)『小児がん経験者のためのガイドライン別冊』財団法人がんの子供を守る会
5ガイドライン作成委員会(2006)『小児がん経験者のためのガイドライン』財団法人がんの子供を守る会.
6吉田雅子(2002)「小児がん長期観察外来におけるソーシャルワーカーの役割」『日本心療内科学会誌』6(3).167-170.
………………………………………………………………………………………………

2,研究の目的 

近年「トータルケア」という言葉が小児がん治療の現場でよく聞かれる.トータルケアと
は「子どもを取り巻くあらゆる問題に対して可能なできる限りの支援を行っていく」1という意味である.子どもと家族の精神・心理面のケア,経済面の相談・援助,就学・就職をはじめ, 社会面・倫理面の相談・援助等といったものがその中に含まれる.つまり,子ども・家族への トータルケアを考えたとき,医療だけでは完結し得ないということである.

上記のとおり,小児がん患者・家族へのトータルケアをなし得るためには,生活と成長発達 を支援していくという視点が必要不可欠である.それゆえ,医療機関において,心理社会的視 点から,患者・家族の生活を支援していくという医療ソーシャルワーカーの存在は,トータル ケアを考える中で非常に重要な役割を担うといえる.しかし,現在の医療の現場では,医療ソ ーシャルワーカーの配置さえされていない病院も存在し,非常に厳しい現状であるだが,長期にわたり入退院を繰りかえさなければならないという疾患の特性ゆえ,小児がん患者・家 族の身体・精神的な負担は大きく,子ども・家族への心理社会的問題への支援なくして,トー タルケアは成しえない.

私は,人間が生きていく上で直面する問題というものは,それ単体では起こり得ず,生活と いう線上の点として現れるものであると考えている.それゆえ,私は医療ソーシャルワーカ ーが,小児がん患者・家族に対して,診断が成され,入院が決定した時点から,生活という視点 を持ち,心理社会的問題を解決するために,側面からサポートを行うことで,患者・家族自身が, 今現在抱える問題への対処のみならず,さまざまな問題を予期できたり,予防したりするこ ともできる可能性があると考える.

本論文では,上記の仮説から,小児がん患者・家族が直面する心理社会的な問題に焦点を当 て,エンパワメントアプローチの視座から,ソーシャルワーク援助の可能性を探り,小児がん 患者・家族に対する医療ソーシャルワーク援助の必要性,果たすべき役割を明らかにすることを目的とする.
………………………………………………………………………………………………
1谷川弘治・稲田浩子・駒松仁子・壬生博幸・斉藤淑子(2000)『小児がんの子どものトータル・ケアと学校教育』ナカ ニシヤ出版.
………………………………………………………………………………………………

2.研究の方法 
本論文の研究方法は文献研究を中心として行った.私自身の経験を客体化し,共通の問題として一般化した箇所も含まれる.また,本論文中の個人の発言に関しては,モンタージュ化 し,個人が特定されることのないよう倫理的配慮を行った.

3.本論文の構成
研究の目的に基づき,以下のように本論文を述べていきたい
まず第I章では,小児がんという疾患の定義,治療の現状について記し,第II章では日本の小児医療の現場におけるインフォームドコンセントの現状,そして,小児医療の現場で求められる小児医療に固有なインフォームドコンセントについて記す.
第III章では,先行研究から抽出した,小児がん患者・家族が抱える心理社会的問題を,入院中, 退院後の 2 つにわけ整理し,それら問題の考察を述べる.第IV章では,第III章で記した心理社 会的問題に対する医療ソーシャルワーク援助について,エンパワメントアプローチの視点から記す.
終章では,第I章から第IV章までを総括し,小児がん患者・家族への医療ソーシャルワーク 援助の必要性についての考察,そして結論を述べる.また,本論文では筆者の力不足ゆえ,患者・家族へのターミナルケアに関する考察は行って いないということを明示しておく.

I.小児がん・医療ソーシャルワーカーについて 

1,小児がんについて
本論文の対象となるのは小児がん患者・家族である.まずは,小児がんの定義,現状について記しておきたい.

1)小児がんの定義
小児がんとは子どもの時期にできる悪性腫瘍の呼称であり
,15 歳以下で発症したケースをいう.小児がんには,白血病,神経芽腫,脳腫瘍,悪性リンパ腫,網膜芽細胞腫,睾丸や卵巣の腫 瘍,骨肉腫,横紋筋肉腫などがあり,小児がんの多くは骨髄・神経・筋肉など上皮以外の組織か ら発生する肉腫である.小児がんが大人の癌と違うのは,進行が早く急􏰀に増大し,全身に転 移しやすい反面,化学療法や放射線等の治療がよく効くということである1.厚生労働省が指定する「小児慢性特定疾患」のひとつであり,慢性疾患の特徴として以下のようなものがあ る.

特徴:慢性疾患とは,長い経過をとる難治性の疾患で,長期間の治療や特別な養護を必要とするものをいう.小児は,成人に比べ回復力が大きく,急性疾患に罹患することは多いが,慢性 の経過をたどることは少ない.しかし,慢性疾患に罹患した場合には,成人以上にリスクは大 きい.疾患が長期に持続すると,病気そのものにより小児の身体・精神発達が阻害されるだけ でなく,治療に伴う環境変化,栄養不良,運動制限,心理的影響等によっても正常な発達が妨げ られ退行現象も生じる.


2)小児がん治療の現状
小児がんは年間
2000 人~2500 人が発症し,約7割が治るようになった.しかし,5 歳から14 歳の死因としては不慮の事故についで多い.発症年齢も概して低年齢での発症が認めら れる.治療方法は病名によって異なるが,手術,抗がん剤治療,放射線治療,骨髄移植等が挙げら れる. 国立成育医療センター研究所成育政策科学研究部2によると「小児慢性特定疾患」の 「悪性新生物」としての申請があったのは,05 年度は入院 7183 ,通院 1 7043 人で,全国 で計 2 4226 人が闘病している.小児がんの発生頻度は,1 年間に 15 歳未満の小児人口1~ 1.3 万人に1人の割合であり,近年の治癒率を考えると,やがて1千人に1人以上の小児がん を経験した成人が社会に進出することになるという.
………………………………………………………………………………………………


1谷川弘治・稲田浩子・駒松仁子ほか(2000)『小児がんの子どものトータル・ケアと学校教育』ナカニシヤ出版
2国立成育医療センター研究所成育政策科学研究部(2006)「平成 17 年度小児慢性特定疾患治療研究事業の全国登録状況」
(http://www.nch.go.jp/policy/shoumann15/15tourokujyoukyou.htm,2006.12.3).
………………………………………………………………………………………………

2.医療ソーシャルワーカーについて 

本論文では小児がん患者・家族に対する医療ソーシャルワーク援助の必要性,果たすべき役割について述べていく.まず医療ソーシャルワーカーの定義,歴史,現状について少し触れ ておきたい.

1)定義 医療
ソーシャルワーカーとは,保健医療分野のソーシャルワーカーの呼称であり,主に病院において,入院患者・家族への相談業務を行っている専門職を指す.医療ソーシャルワーカ ーについて規定された法律はなく,各所属機関における職名は統一されていない.「医療福祉 相談員」,「医療社会事業司」,「医療社会事業専門員」,「医療社会事業士」などの名称が使 用されていたり,国家資格である社会福祉士などが使用されている.

2)誕生・歴史 
医療ソーシャルワーク誕生の背景には,貧困問題等,医療社会問題への対応,そして,病気を
社会現象として捉える,という社会医学の考えが存在した. 世界的に医療ソーシャルワークが始まったのは 1895 年のイギリスである.ロンドンのグレイズイン・ロードにあるロイヤルフリー病院に,最初の医療ソーシャルワーカーが設置さ れ,当時は医療ソーシャルワーカーとは呼ばず,アーモナー(アルモナー)と呼ばれていた. イギリスにおける創始者は聖パンクロスにある慈善組織協会(COS)のメアリー・スチュア ールである.次いで 1905 年にアメリカの病院にも設置された.

日本の医療ソーシャルワーカーの第一号は,浅賀ふさであり,1929 年,アメリカで学んだ 浅賀が聖路加国際病院に勤務したことに始まる.しかし,戦前はなかなか普及せず,戦後に なって GHQ 主導のもと,蔓延する結核への対応のために保健所や病院,国立療養所などに医 療ソーシャルワーカーがおかれるようになった.

………………………………………………………………………………………………
1川村匡由編(2006)2006 年版 福祉の仕事ガイドブック』中央法規出版
厚生労働省(2003)『平成15年医療施設(動態)調査・病院報告』3厚生労働省(2002)『医療ソーシャルワーカー業務指針』.
………………………………………………………………………………………………

3)現状
日本医療社会事業協会の調査によれば 2003 11 月時点における医療ソーシャルワーカ
ーの従事者数は 7275 1また,2003 10 月時点で,病院に勤務する医療社会事業従事者は常 勤換算で 8417 人であり,この他,診療所や保健所,老人保健施設などに勤務している2.医療ソーシャルワーカー業務指針3において,医療ソーシャルワーカーの業務は以下の6つ に分類されている.

(1) 療養中の心理的・社会的問題の解決,調整援助 (2) 退院援助
(3) 社会復帰援助

(4) 受診・受療援助
(5) 経済的問題の解決,調整援助
 (6) 地域活動

結核への対応のために医療機関等に配置されるようになった医療ソーシャルワーカーで あるが,現在は,「がん,エイズ,難病等の受容が困難な場合に,その問題の解決を援助するこ と.1というように,その業務は多岐に渡っている.
………………………………………………………………………………………………
1厚生労働省(2002)『医療ソーシャルワーカー業務指針』.………………………………………………………………………………………………

II.現代家族の特徴・小児医療の現場におけるインフォームドコンセント 

本論文では,小児がん患者・家族を一体として捉え,両者が抱える心理社会的問題について 焦点を当て,ソーシャルワーク援助について考えていく.次章で小児がん患者・家族が抱える 心理社会的問題について述べるが,その前にまず本章では,現代家族の特徴について,小児医療の現場におけるインフォームドコンセントの現状について触れておきたい.

1.現代家族の特徴 
家族は人間が生まれて最初に属すコミュニティであり,最小単位であるが,そのコミュニ
ティが与える影響はその人の人間形成に大きく関係する.家族の機能とは「家族が社会の存 続と発展のために果たさなければならないさまざまな活動(それを怠ると社会が消滅・崩 壊を迎えるような活動),および家族が内部の家族メンバーの生理的・文化的欲求を充足す る活動」を意味する1.

一般的に現代家族の特徴としては「家族形態の変化,高齢者世帯における単身世帯の増加, 小家族化,核家族化,家族機能の外部化,家事の外部化,ケアの外部化,家族意識の変化,家族 の個人化」などが挙げられる.
現代家族は構成員の人数が少ないため,家族間で起こる相互作用の数が少ない.言ってし まえば通気性の悪い家族である.また養育機能は保育所やベビーシッター,教育機能は学校 や塾,保護機能は病院や老人保健福祉施設など,医療・福祉の場面において依存している.いわ ば家族機能の外部化によって,家族の運営は容易になったが,その代償として困難に対する 打たれ強さ,「家族力」の低下を引き起こした.だがその反面,家族機能の外部化により,家族 本来のパーソナリティー機能,愛情機能や精神保健機能などが重要視されるようになってきている.
………………………………………………………………………………………………
1栢女霊峰・山縣文治編(2002)『家族援助論』ミネルヴァ書房 P19
………………………………………………………………………………………………

2.インフォームドコンセントについて 
病気が診断されたその日から,子ども・家族の闘病生活は始まる.子ども・家族が一体とな
って病気に立ち向かうには,病気に対する理解が必要不可欠であり,当然,病気に関する説明 は主として主治医らによってなされる.ここではまず,子ども・家族が抱える心理社会的問題 について述べる前に,インフォームドコンセントの定義,小児医療におけるインフォームド コンセントの現状について記す.

1)インフォームドコンセントの定義
インフォームドコンセント
(informed consent)とは,医療行為(投薬・手術・検査など)や治験,人体実験の対象者(患者や被験者)が,治療や実験の内容について,よく説明を受け理 解した上で(informed),施行に同意する(consent)事である.

説明の内容としては,対象となる行為の名称・内容・期待されている結果のみではなく,副 作用や成功率,予後,治療にかかる費用までも含んだ正確な情報が与えられることが望まれ, 医師が患者に対して,十分にかつ,分かりやすく説明をし,そのうえで治療の同意を得ること をいう.この考え方には,もともと 2 つの来歴があり,1つは,医療過誤裁判で医師に説明義務 があることを認めさせるための法廷戦術上の概念であったもの.もう1つは,人体実験における被験者への同意のとりつけの場での考え方である.この場合は,事前に実験の目的や危 険性などが十分説明され,被験者が自発的に同意するというものであった.日本では 1997 年 (平成 9 年)の医療法改正によって,医療者は適切な説明を行って,医療を受ける者の理解を 得るよう努力する義務が明記された1.

2)小児医療におけるインフォームドコンセント 
小児医療におけるインフォームドコンセントは,子どもの年齢ゆえ,子どもが自己判断・自己決定できる年齢に達するまでは,その代替者として親が受けることがほとんどである.子 どもの自己決定権が親によって代替される根拠は,子どもには「未来を得る権利」があるた め,その時点での自己決定権を制限されるという考えであると言われている.

1983 年のベニスで行われた第 37 回世界医師会総会において,リスボン宣言に「未成年か らでもインフォームドコンセントを得られなければならない」という指針が加えられた2. 子どもの同意についてはアメリカ小児科学会のガイドライン(1976,1995)が参照され,そ の中で,15 歳以上からはインフォームドコンセントを得るべきであり,7 歳以上なら同意書 にサインをしてもらうよう記されている.

しかし,小児の場合,年齢ゆえ,本当の意味でのコ ンセントを得ることは困難であり,よって 7~14 歳の子供には,医療内容をわかりやすい言 葉で説明し了解してもらう,アセント(assent:コンセントと同様に「同意」と訳されてい るが,判断力が十分でない未成年者による同意を意味している3)を得るべきだとされている. そして,15 歳以上の子どもには,コンセント(consent)を得るべきだとされており,日本に おいてもこれを準用しているのが現状である.

松浦(2004:62)は,成人患者に対して行われるインフォームドコンセントに加え,「子ど もの年齢や発達段階から予測される問題とその予防策について,小児医療に固有なインフォ ームドコンセントと必要になる」と述べている4.以下は松浦が小児医療に固有なインフォームドコンセントとしてあげた項目である.

………………………………………………………………………………………………
1治験ナビ(2006)「医療におけるインフォームドコンセント」(http://www.chikennavi.net/word/ic5.htm
2医療改善ネットワーク(1998)「リスボン宣言-日本語訳」(http://www.mi-net.org/lisbon/D_Lisbon_j.html,2006,11,15) 
3濱中喜代(2003)「治療処置 検査を受ける小児と家族」松尾宣武・濱中喜代編『健康障害をもつ小児の看護(新体系
看護学 29 小児看護学2)メヂカルフレンド社 P412
4谷川弘治・稲田浩子・駒松仁子ら(2000)『小児がんの子どものトータル・ケアと学校教育』ナカニシヤ出版
………………………………………………………………………………………………





小児医療に固有なインフォームドコンセントの項目とは,いわば,小児医療に特有な,子ど も・家族が抱える問題であると言える.子ども自身が,自ら選択し,決定を行っていくことは困 難であり,それゆえ家族は,入院・手術・治療等の場面においてアドボカシー(代弁者)とし ての役割を求められるが,子どもが病気になったという現実に向き合おうとすることに精 一杯で,医療者に聞きたいことを聞けない,ということも起こり得る.

医療スタッフは,子ども・家族が,病気と,予測される治療について知る権利,自己決定権 を有しており,医療スタッフには説明義務があるということを認識し,子ども・家族の置か れた環境,心情等に配慮をし,わかりやすい説明を行い,子ども・家族が最良の選択を行って いくための支援を怠ってはならない.インフォームドコンセントはその第一歩である.

III.小児がん患者・家族が抱える心理社会的問題 
子どもと家族は主体的な存在であり,家族自身の力で病気を乗り越えていくエネルギーの源であるといえる.また,家族自身が,子どもの権利を育み擁護する役割を担っており,子ども の権利が保障され,権利の行使ができるかどうかは,子どもが幼いほど家族によっている.そ のため,家族が混乱し,不安が生じた場合には家族に対する支援・援助が必要となってくる.

清川らの調査1の中で,小児がん患者が入院中に求めているサポート源としてあげたのは, 「母親」,「父親」,「医師」,「看護師」であり,その中でも母親が優位に高かった.また,父親 から母親へのサポートがあれば,母親は精神的健康を保つことができ,結果として,母親から 子どもへの適切なサポートに繋がる,とも述べている.

この調査は両親健在の場合のものであるが,小児がんの子どもは自分の一番近くにいてく れる存在である親のサポートを求めており,期待していることがわかる.子どもが入院中に 求めているのは,安心できる存在としての保護者のサポートであり,親が子どもと向き合い, 子どもと共に病に立ち向かう姿勢は,子どもにとって何より心強い.
子どもが慢性疾患に罹るということは,家族にとって大きな危機に直面することを意味している.子ども自身は,他のきょうだいとの関係,親戚関係,交友関係,保育所,学校等,さまざま な社会関係の中で生活しており,そのいずれにも問題を抱える可能性があるが,先に述べた ように,子どもが病気になったとき,家族はインフォームドコンセントの代諾者となり,入 院・手術・治療等の場面においてアドボカシー(代弁者)としての役割を求められる.それ ゆえ,子どもの抱える問題は親の苦悩につながっていると考えることができる.

子ども・家族が抱える心理社会的問題としては,子どもへの病名・治療の説明をどう行う か,子ども・家族が抱える不安等の心理的な問題,医療費や入院生活でかかる費用等の経済的 問題,きょうだいの養育等の家族における問題,その他入院中の教育の問題や,原疾患を抱え ながら復学し,退院後の生活を送っていく中で遭遇する問題,原疾患が原因となる晩期障害 などの身体的な問題等.下記で詳しく述べるが,小児がん患者と家族が抱える心理社会的問 題は生活全般に渡っている.本章では,診断時から子どもの退院が決定するまで,そして退院 後の生活を含めて,時系列に子ども・家族が抱える心理社会的問題について述べていきたい.

………………………………………………………………………………………………


1清川加奈子 藤原千恵子(2002)「小児がん患者が入院中に求めるソーシャルサポートに関する研究」『小児がん』第 39(2).192-195..
………………………………………………………………………………………………
1.入院中 
1)病気の受容・理解
子どもが病気になることで,家族に起こりうる問題は多々あるが,何よりもまず「子ども が病気になった」という現実に向き合えるようになることが家族にとっての闘病開始の第 一歩と言える.だが,多くの場合,家族は子どもが病気になったという現実を受容する間もなく様々な決断を迫られている. 子どもが小児がんだと告げられた親の多くは,子どもが病気になったという現実を理解することができず困惑する.そして,病気を受け入れる過程で「何が原因でこのような病気にな ったのか」という疑問を抱く1.こういった疑問は,産んだ自分に責任があるのではないか,と いう罪悪感から生じるという.

財団法人がんの子どもを守る会が会員を対象に行った調査2の中の「病名及び病気につい て,又は治療について最初の説明はよくわかりましたか」という問いにおいて,「よくわからなかった」と答えた人が1割,「あまりの驚きでよく覚えていない」という返答が 38%と, 最初の説明で十分に理解できていない人が過半数を占めていた.このことから,子どもが小 児がんだとわかったときに家族が受ける衝撃が非常に大きいことが見て取れる.

2)子どもへの病気の説明 がんの子どもに病気についての真実を伝えること(truth-telling,病名告知)はインフォ
ームドコンセントや子どもの QOL を尊重した医療の実践に欠かすことはできないが,「子 どもである」,「難知性の疾患である」という理由で日本の小児医療の現場では長年躊躇さ れてきた.1990 年代に入り,国内においても小児がんの子どもへの病気の説明に積極的に取 り組む病院がみられるようになり,さまざまな学会・研究会等のテーマとして取り上げられ るようになった3.

戈木は「小児がん専門医の子どもへの truth-telling に関する意識と実態:日米比較」4の 中で,Truth-telling を「病名だけではなく,病状,治療方針とそのリスク,他の選択肢,予後の見 通しを全闘病経過を通して説明すること.informed consent の大前提」と定義し,過去 1 年間 に 10 歳~17 歳の小児がん患者を診た医師に,小児がん患者への truth-telling に関する質問 調査を行っている.

その中で著者は日米間の比較で,日本の方が賛同が高かった項目で,特に顕著であった項 目として「始めてがんの診断がついたときに,患児がそれを知ると,両親の負担が増すことに なる」,「患児ががんの診断を知っていると,ターミナル期に感情的な負担が増す」,「患児が がんの診断に気づくことは,希望をなくすことに繋がる」の3つを挙げている.
この 3 項目に対する日本の医師の賛同度が非常に高いことを,著者は論文において「子ど もへのtruth-tellingについて消極的な考え方を示す項目である」と述べている.実際,同調査 の中で「医師にははじめて診断がついた時に子どもに病名を話す責務がある」という項目 において「非常にそう思う」という返答がアメリカでは 59%であるが,日本の場合は 37%,「ここ 年間に 10 歳から 17 歳の発病後の子どもに対してどの位の頻度ではっきりがんと いう診断名を伝えましたか」という項目に関しては,「いつも伝えた」という返答がアメリ カの場合は 66%,日本は 11%という数字が出ており,日本の小児がん治療に携わる医師の多 くが子どもに対する告知に関して非常に消極的であるということがわかる.

小児がんの場合,診断が下されたと同時に長い入院生活がはじまる.小児がんの治療は長 期に及ぶため,周囲の大人が病気について子どもに何も伝えず,治療を受けさせることは非 常に難しい.病名,治療を受けること,学校を休まなければならないことを親は治療が開始さ れる前に子どもに伝えなければならない.しかし,がん=死というイメージゆえ,親は子どもに 病名をどのように説明するか慎重になる傾向があるという1.(駒松ら 1991)また,小児がん の治療は入院生活が長期に及ぶため,子どもにどのように病気,入院の必要性について伝え るべきか,保護者は思い悩むことが多い.

保護者である親を差し置いて医療者が子どもに病名の告知・説明を行うことはできない上記の調査結果は,医療者側の問題のみではなく,家族が子どもへの病名説明を拒む,という 理由も含めての結果であり,子どもに病名説明を行うにあたって,家族の心理的不安が非常 に大きいということが見て取れる.
子どもにとって,わからない,ということは一番恐ろしいことである.先にインフォームド コンセントの節で述べたように,子どもの年齢,理解能力に合わせた病気,治療等の説明を行 うことは,子どもの不安を取り除き,治療を納得して受けることができる環境をつくること に繋がる.病気と闘うのは子ども自身であるということを周りの大人たちは忘れてはならずそして医療スタッフは,親・子どもが安心して病名告知・説明を受けることのできる環境を 整えていかねばならない.
………………………………………………………………………………………………
1田文子(2002)「子どもが病気になったとき家族が抱く 50 の不安」春秋社 
2財団法人がんの子供を守る会「会員実態調査報告-前回の調査結果と比較検討-」『のぞみ』139 1-3 
3堀浩樹(2006)「小児がんの子どもへの病気の説明」『のぞみ』146 15-20
4戈木クレイグヒル滋子(2004)「小児がん専門医の子どもへの truth-telling に関する意識と実態:日米比較」 (http://www.pfizer-zaidan.jp/fo/business/pdf/forum10/fo10_kak.pdf,2006,10,26)
………………………………………………………………………………………………
3)子どもが入院することによる家族の生活の変化 
子どもが病気になり入院をすることで,家族の生活は大きく変化する.両親は子どもの世話をするために仕事を辞めなければならないかもしれない.付き添いに時間をとられ,きょ うだいの子どもがいれば,きょうだいに目が向きにくくなることもあるであろう.しかし, 核家族の家庭など,全ての家族が常に祖父母等の助けを得られるとは限らない.

入院中の付き添いに関しては,年齢が低ければ低いほど,24 時間同室で泊まりを伴う付き 添いをしており,長い入院生活において付き添い者の心労がたまる.樋口が行った小児脳腫 瘍の子どもを持つ家族への調査2によると,「付き添っているものの身体に影響があったか」 の問いに,約半数の家族が「気分が沈みがちで憂鬱」,「よく眠れなかった」,「体重の増減」を選択しており,子どもの入院生活が,付き添い者の心身に大きな影響を及ぼしているとい うことがわかる.
その他にも,経済的な不安,場合によっては子どもの治療の間,家族がバラバラで暮らさな ければならない場合もあるなど,子どもが入院することによっておこる生活の変化,生じる 不安は家族に大きな影響を及ぼす.

………………………………………………………………………………………………
1駒松仁子・井上ふさ子・小田原良子ら(1991)「小児がんの子どもと家族の実態調査(第一報)-両親・子どもへの病名告 知について-」『小児保健研究』50(3).353-358. 
2樋口明子(2004)「小児腫瘍患児家族の実態に関する研究-生活モデルからのアプローチ」東洋大学大学院社会学研究科 福祉社会システム 2004 年度修士論文.
………………………………………………………………………………………………
4)経済的な問題
小児がんの治療費は公費負担(平成 17 年 4 月 1 日から一部自己負担の導入)となっているが,自宅から遠方の病院への交通費,付き添い,二重生活等,医療費以外の費用負担が大き い.骨髄移植の非血縁者間の移植に至っては 100 万ほどかかり,その全ては自己負担である. 小児がんの発症年齢ゆえ,両親は若い場合がほとんどであり,費用負担は家族の生活に重くのしかかる.

樋口(2004)が小児脳腫瘍の子どもをもつ家族に対して行った調査1によると,「入院中の 公費負担以外の費用負担があったか」という問いに対して 41 パーセントの家族が「負担が 大きかった」と答えている.その主な内容は「入院室料差額」「付き添い生活費」「交通費」 などであり,その負担額は収入の 4 分の 1 を占め,平均 5 万円と,小児がんの医療費は公費負担となったが,それ以外の費用が家庭を圧迫しているという事実があることがわかる.
………………………………………………………………………………………………


1樋口明子(2004)「小児腫瘍患児家族の実態に関する研究-生活モデルからのアプローチ」東洋大学大学院社会学研究科 福祉社会システム 2004 年度修士論文.
2太田にわ(2002)「入院児への母親の付き添いが同胞に及ぼす影響と看護ケア」『小児看護』25(4). 466-471.
………………………………………………………………………………………………

5)きょうだいの養育 
近年,長期に入院を余儀なくされた子どものきょうだいに対するサポートの必要性が叫ばれるようになった.子どもが重い病気になったとき,家族はその子ども中心の生活を強い られ,付き添いや面会で母親が家に不在であることが多くなる.母親が子どもに付き添った 場合,祖父母や,父親がきょうだいの世話をしていることが多い.祖父母の協力を得られない 場合は,保育園に入所させたりしているという.太田(2004)が行った調査2では,きょうだい がどのような人の世話を受けているかについて,別居の祖父母が約半数,同居の祖父母が約 3 分の1と,祖父母の世話を受けているきょうだいは多く,父親のみに世話されているきょう だいは優位に少なかった.

子どもが病気になることで,きょうだいもまた,さまざまな我慢を強いられ,生活環境の変 化による,ストレスに直面する.そういった影響は,神経質になった,乱暴になった,内向的にな った等の情緒的なもの,チックや腹痛など,身体的症状でも見られる場合がある.末永(2004) は通院中の小学生から高校生の患児 17 ,そのきょうだい 30 名(回答 22 名),母親 18 に対し,小児がんのきょうだいに関する調査1を行っている.その中で母親は,きょうだい 30 名のうち 18 名に何らかの変化があったと指摘し,そのうち 13 名には「親に遠慮していた」, 「精神的に不安定になった」,「反抗期がひどかった」などのネガティブな変化があった.し かし,10 名のきょうだいに「自立心が芽生えた」,「患児をいたわるようになった」等のポジ ティブな変化も挙げられている.

病院によっては,感染症の問題から,面会制限を設けている病院もあり,きょうだいであっ ても年齢によっては病棟へ立ち入ることが出来ない場合もある.それゆえ,病院において,面 会に来た親に連れられたきょうだいたちが病棟の外,エレベーターホール・廊下等で,ひとり, ぽつんと待っているという光景をよく目にすることがある.それがたまにならまだいいのか もしれないが,長期入院を必要とする子どものきょうだいの場合,毎日病院に来ているとい うことも少なくはない.

筆者は大学在学時に,入院している子どものきょうだいを預かり,遊び相手をするボラン ティアを行っていたが,そこで,子どもの両親から「毎日面会に来ている.が,一週間に一度で もこうやって,(ボランティアの学生を指して)で刺激をもらえることは,本当に子どもにと って嬉しいこと.私たちも嬉しそうに遊ぶ子どもの姿を見ることができてほっとできる」と いう言葉を聞くことがあった.その言葉から,入院生活による環境の変化が家族に与える影 響を知るとともに,きょうだいの子どもを気に掛けていても,実際,精神的にも物理的にも入 院している子どもに付き添うことが精一杯であるという,親の苦悩も見て取れ,非常に心苦しい想いを抱いた経験がある.
また,きょうだい自身も,自らが病気ではないのに,病院に来る ことに疑問を抱いていることがわかる場面に遭遇したことも幾度もあり,実際筆者がきょう だいの子どもと接するなかで,「○○は病気じゃないけれど,病院に来ているの」「○○のお 姉ちゃんがここに入院しているんだ」と話をしてくれることが多々あった.

先に子どもへの病気の説明にても記したとおり,病気である子どもに対する病名説明に関 しての議論は交わされるようになった.しかし,きょうだいの子どもに対して,入院している 子どもの病気をどう説明するか,という議論は活発になされているとは言いがたい.子ども にとってわからないということは恐ろしいことである,と述べたが,それは病気の子どもに 限ったことではなく,きょうだいの子どもにとっても同様のことなのである.

また,樋口(2004)は,「発病時のきょうだいの年齢が幼ければおさないほど,自宅に残し たきょうだいの育児と患児の闘病が重なり,母親の心理的負担は重くなる」と指摘している2. このように病気になった子どもとはまた違った意味での辛さをきょうだいは体験する.し かし,これら,きょうだいの問題は病気の子どもで手一杯の家族においてケアすることは非常に難しいという現状がある.

………………………………………………………………………………………………
1末永香(2002)「小児がん患児の発病・療養が同胞に及ぼす影響と看護ケア」『小児看護』25(4). 471-477. 
2樋口明子(2004)「小児腫瘍患児家族の実態に関する研究-生活モデルからのアプローチ」東洋大学大学院社会学研究科 福祉社会システム 2004 年度修士論文
………………………………………………………………………………………………
6)医療スタッフとのコミュニケーション 
入院中,子ども・家族は医療スタッフと多くの時間を共有する.病状に関しては医師が一番よく知っており,また,親が面会に来るまでの時間,子どもの様子についてよく知ってい るのは看護師であろう.よって,子ども・家族が安心して闘病生活を送るためには,医療スタ ッフと良好な関係を築くことも重要な要素のひとつである.

石本は,家族と医療者のコミュニケーションについて,「診断時のコミュニケーションは 医療チームと家族との今後のかかわりの第一歩であり,1 回限りで終わるものではない.こ の最初の面接が今後の医療者と家族の関係に影響してくるので,最初から率直で誠実な姿 勢をとることができれば,お互いの関係はうまくいく.したがって,最初の話し合いはきわ めて重要である」と述べており.その重要性を示唆している(石本 2002)1.
しかし,池田(2002:18)よると,財団法人がんの子どもを守る会のソーシャルワーカーに 寄せられる相談の中で,大きな割合を占めるのは医師とのコミュニケーションに関するも のであり,「なかなか質問できない」,「質問をして,気を悪くされたらどうしよう」など, 入院中,子ども・家族に一番近い存在である医療スタッフとの関係に悩んでいる親は多い2

石本(2002)は,「実際,日本の病院においては,ソーシャルワーカーや臨床心理士,病棟保育士などのコメディカルスタッフの数が少なく,医療行為と共に,精神的サポートまでをも医師・看護師が中心となって行っているのが現状であり,多忙な医師・看護師が子ども・家族とのコミュニケーションに割ける時間が限られていることが,家族が医療者とのコミュニケーションについて悩む原因のひとつとなっている可能性は排除できない」と指摘し ている3.

先に述べた,子どもへの病名説明・告知に関しても,家族が子どもに病気の説明を行うか どうかを決定するまで,また,子どもに説明を行った後に子ども・家族が抱える心理的不安 に寄り添っていく存在が必要であり,コメディカルスタッフを含めた医療スタッフが子ど も・家族と良好なコミュニケーションを築いていくことは,先にも述べたとおり,子ども・ 家族が安心して闘病生活を送るための重要な要素のひとつである.また,石本(2002)は,「子 ども・家族に関わる医療スタッフには単に子ども・家族とコミュニケーションを取る時間 だけではなく,心理的不安を抱えている子ども・家族に対峙するためのコミュニケーション スキルの獲得が求められている.」と指摘している4.そういった中で,心理的不安に対応する ソーシャルワーカーや,臨床心理士等のコメディカルスタッフに対して,医療スタッフと子ども・家族のコミュニケーションギャップを埋める橋渡しを行うこと,そして,さまざまな 心理的不安に対応していく等,期待される役割は多い.
………………………………………………………………………………………………
1石本浩市(2002)「小児がんのトータルケア」『日本小児血液学会雑誌』16,284-289. 
2池田文子(2002)「子どもが病気になったとき家族が抱く 50 の不安」春秋社 
3石本浩市(2002)「小児がんのトータルケア」『日本小児血液学会雑誌』16,284-289.
4石本浩市(2002)「小児がんのトータルケア」『日本小児血液学会雑誌』16,284-289
………………………………………………………………………………………………
7)子どもにとっての入院生活とは 
さて,ここまでは主に家族が抱える心理社会的問題について述べてきたが,ここでは,入
院することによって子どもの生活がどのように変化するか,子どもが入院するということ は子どもにとってどういった意味を持つかについて述べていきたい.
入院することにより,子どもの生活は大きく変化する.家で家族と笑い,寝食を共にし,家 から学校に通う.そんな当たり前のことも入院生活では制限せざるを得ない.子どもにとっ て入院をすることとはどういった意味を持つのか.今井(1999:23)は,病気や入院が子ど もに及ぼす影響や,心理的混乱を引き起こす要因として下記の5つを挙げている1.

1,病気そのものから生じる痛みや苦しみ 
2,家族や友人からの分離,信頼する大人の不在 
3,見慣れない病室や奇妙な形の医療器具など,環境の変化に対する恐怖や不安 
4,治療・看護に伴う行動制限や,食事・おやつの制限.これらに対する理解力の未熟や
許容範囲の不明確さなどによる不安の増大 
5,孤独感,恐れ,満たされない発達課題への葛藤による,自己統制力や自立能力の喪失

また,今井は,「長期入院を要する子どもには,病院という限られた環境のなかでの生活の 刺激の乏しさゆえ,無欲的,受動的になったり,病状の悪化への不安や死への恐怖なども抱 くようになる」と指摘している.(今井 1999:23)2子どもの成長発達に不可欠である遊びや教育の機会が与えられないことや,家族や医療 スタッフ等の限られた人としか会えないなどの,刺激の乏しい生活は,子どもの権利が侵害 されている状態であると言える.次項で述べる「保育・遊び」,「教育」は,子どもにとって の権利であり,成長発達を促す重要な事柄である.小児医療の現場において,それらがどう 行われているのか,次項でその詳細について述べていきたい.

8)保育と遊びの問題
今井(1999:22)は, 入院生活というストレスフルな状態においても,「子どもは子どもら

しい柔軟さで環境に適応し,大人とは違ったストレスからの回復力を持っており,それこそ が遊びである」と述べている3.遊びによって,子どもの身体的,社会的,知的,情緒的発達を手 助けすることが可能であり,子どもの権利条約431 条における「休息及び余暇についての児童の権利並びに児童がその年齢に適した遊び及びレクリエーションの活動を行い並びに 文化的な生活及び芸術に自由に参加する権利を認める」に則り,考えれば,病院の中でも,子 どもの遊びや文化的,芸術的生活への参加は保障されなければならないといえる.
………………………………………………………………………………………………
1病児の遊びと生活を考える会(1999)『入院児のための遊びとおもちゃ』中央法規出版 
2同上 
3病児の遊びと生活を考える会(1999)『入院児のための遊びとおもちゃ』中央法規出版
4外務省(1994)「児童の権利条約」(http://www.mofa.go.jp./mofaj/gaiko/jido/index.html,2006,11,29)
………………………………………………………………………………………………
子どもにとって,遊びは基本欲求であり,遊ぶことで不快な経験を解消し,現実の世界に 適応しようとする,入院中の子どもにとって,「遊び」は成長・発達を促すという意味の他 にも,不快な経験の処理を助ける手段となり,不安や恐怖から開放し,自立心の獲得や困難 な状況からの自発的な問題解決を促す一助となる(今井 1999:22)1.また,子どもはときに 言葉ではなく遊びの中で自己表現をすることもあり,夏路(2004:98)は「子どもと保護者, 子どもと医療従事者の架け橋となる遊びは,それぞれの信頼関係を築いていくために,また は,信頼関係を強めるために不可欠である」と述べている2.

このように,入院中の子どもへの「遊び」が持つ意味は,元気な子ども以上に大きい.遊び は自発的なものであり,病気であっても例外ではないが,元気な子どもと異なるのは,遊ぶ 相手,遊ぶ場所,方法が制限される可能性があるということである.ベッドの上,病室,廊下, プレイルームなど,子どもの病状によって遊びの場はさまざまであるが,ときに遊びの条件 が整いにくいために,自発的な遊びが難しくなる場合もある.
駒松(2004:26)は,「病む子どもが遊びたいのにみんなと遊べないつらさ,さらには遊 べないことにコンプレックスをもって消極的になる危険性があることに留意して支援する 必要がある」と述べており3,「遊び」が得られないことで,子どもに心理的な悪影響が起こりうるということを指摘している.

遊びの条件が整いにくい場合のある病院であるが,工夫次第で,さまざまな遊びは可能と なる.それを可能にし,入院中の子どもに遊びを提供しているのは,病棟保育士,チャイルド ライフスペシャリストなどの専門職,そして遊びを提供する病院ボランティアである.以下 でそれぞれについて簡単に述べていく.

1.病棟保育士 
病棟保育士とは,病院等で働いている保育士の呼称であり,専門資格ではない.医療と密
接に関わるフィールドにおける保育を総称して医療保育といい,その対象は小児病棟や外 来における保育や病児・病後児保育施設における保育,各種の障害児保育が代表として挙げ られる.平成 14 年に医療保険制度の診療報酬に病棟保育士加算が認められたが,その後,病 棟保育士の設置が進んだかを調査した研究は今のところ存在しない.(帆足 2004:177)4.医 療分野における保育にはより高度な専門性が求められる.現在「日本医療保育学会」が存在 するが,金城ら(2004)が「医療保育士としての資格化を早期に実現し,小児医療に必要な職種

………………………………………………………………………………………………
1病児の遊びと生活を考える会(1999)『入院児のための遊びとおもちゃ』中央法規出版
2谷川弘治・駒松仁子・松浦和代・夏路瑞穂編(2004)『病気の子どもの心理社会的支援入門』ナカニシヤ出版
3同上 4同上
………………………………………………………………………………………………
としての位置づけを図ることが重要である」1と述べているとおり,未だ病棟保育士の専門性 は確立されているとは言い難い.
医療保育において求められる課題に対して(ここでは詳細を述べるのは避けるが),医療 保育の専門性をいかに高めていくかが叫ばれるようになった,先に述べた日本医療保育学 会において,医療保育マニュアル,資格認定における議論・検討がなされている.
この学会による資格認定は,保育士資格(国家資格)をもち,医療保育現場の経験が 1 年 以上の保育士が対象となり,資格認定コースの申請書を提出し,指定研修を(2~3 年)を受 講し必要な単位を取得した後,事例研究レポートを提出,合格した場合に医療保育の専門資 格の認定証が授与されるという方向で検討が進められている.また,5 年毎に資格更新を行 うなど,生涯研修を視野に入れている(帆足 2004:181)2.診療報酬における加算,資格化の議論等,病棟保育を取り巻く現状は変化してきている. 先にも述べたとおり,入院中の子どもに対し,「遊び」が持つ意味は非常に大きい.

2.チャイルドライフスペシャリスト
チャイルドライフスペシャリスト(以下 CLS)は
,闘病や慣れない病院生活におけるこど
もの精神的負担をできるかぎり軽減し,子どもの成長・発達を支援する専門職である.仕事の 内容は,病棟における遊びの援助,子どもの理解力に応じた説明,治療における精神的サポー ト,きょうだいの援助など多岐に渡る(世古口 2006)3
その歴史ついてもう少し触れておくと,CLS の発展と,アメリカの小児医療の現場におけ る「遊び」は深い関係にあることがわかる.以下,簡単に CLS の歴史について記す.

1917 年にアメリカの病院で,「遊び」活動が始まり,1955 年には Cleveland City Hospital にて Emma Plank がチャイルドライフと教育科の部長(Director of Child Life and Education)となった.この Plank の肩書きからチャイルドライフスペシャリストという職 業の名が生まれ,アメリカ,カナダ,イギリスやスウェーデンにおける小児科でも遊び支援活 動が導かれていった.(夏路 2004:184)4
現在,CLSの認定機関は1982年に設立された,チャイルドライフカウンシル(Child Life Council)であり,(資格認定は 1986 年から)2003 年現在,2115 人のチャイルドライフカウ ンシルの発行する認定証をもったCertified Child Life Specialist(CCLS)がいる.資格認 定の機関(CLC)と養成機関は同一ではなく,現在,アメリカとカナダの約 30 の大学がチャ イルドライフ専攻科を持つが,CCLS の指定養成校は存在しない.資格取得方法は学士以上の
………………………………………………………………………………………………
1金城やす子・松平千佳(2004)「小児看護における医療保育士の存在と今後の課題」
(http://bambi.u-shizuoka-ken.ac.jp/tk/04tk/04%2016.pdf,2006,12,1) 2谷川弘治・駒松仁子・松浦和代・夏路瑞穂編(2004)『病気の子どもの心理社会的支援入門』ナカニシヤ出版 3世古口さやか(2006)「チャイルド・ライフ・スペシャリストとは」
(http://www.e-switch.jp/total-care/samazama_htmls/child.html,2006,11,17) 4谷川弘治・駒松仁子・松浦和代・夏路瑞穂編(2004)『病気の子どもの心理社会的支援入門』ナカニシヤ出版
………………………………………………………………………………………………
学歴を必要とし,指定された科目の履修,そして CCLS の監督の下,480 時間以上の実習を行 い,書類審査,試験を受け,合格ラインを上回る必要がある.また,資格取得後も 5 年ごとの資格 再認定があり,現場に出てからもスキルの維持と向上が求められる.

このようにアメリカでは教育体制も確立され,専門職としても確立している CLS である が,日本においてはまだまだ認知度が低く,養成機関も存在しないため,CLS になるにはアメ リカ・カナダへ留学をし,資格取得を目指すしか方法はない.日本チャイルドライフ研究会1に よると,現在,日本においては 9 名の CLS が働いているのみである(2006 11 月現在)
日本において,CLS が働くようになったのは,ここ 10 年の間である.それゆえ,CLS が日本 の小児医療の現場でどのような働きをし,それがどういった効果を生んでいるか,というチ ャイルドライフスペシャリストの効果を臨床実験的に検証した研究はまだ存在しない.救急, また,ターミナルのがん患者である親をもつ,子どもへの関わりなど,日本における CLS の医 療現場での取り組みは始まったばかりであり,その活動はいまだ一言では定義できないが, 『こどもにとっては「いやなこと,痛いことをしない,安心できる存在」であり,医療者とこど もや家族との架け橋的役割を果たす』2というような役割をもつ CLS という専門職が入院中 の子ども・家族に関わっていくことが持つ意味は,子どもの成長発達の視点から,非常に重要 であると言える.今後の CLS の発展,日本の小児医療現場での普及を望みたい.CLS に関して はチャイルドライフカウンシルの HP3,日本チャイルドライフ研究会の HP4を参考にされたい.

3,ボランティア 
近年,ボランティアを受け入れる病院が増え,日本全国で精力的な活動を行っている病院ボランティアの数は増えてきている.病院ボランティアの内容は多種多彩で,外来における 受診案内から,裁縫,音楽演奏,移動図書など,多くのボランティアたちが病院に外の風を吹き 込んでいる.小児現場においては,入院している子どもと遊ぶ,勉強を教える,絵本の読み聞かせを行う 等のボランティアも増えてきている.


9)学校・教育の問題 
教育は子どもの成長発達に欠かせないものであり,入院中であっても,子どもは教育を受
ける権利を有する.また,小児がん等,長期入院を要する病気が治るようになり,退院し,学 校に戻ることのできる子どもは増えてきた.しかしそれに伴い,子どもが退院した後,勉強 についていけない,他の子どもとの関係がうまくいかない,などという問題が生じてきたのも事実である.
………………………………………………………………………………………………
1日本チャイルドライフ研究会 HP(2006) (http://www.aa.alpha-net.ne.jp/alcedo/) 
2世古口さやか(2006)「チャイルド・ライフ・スペシャリストとは」
(http://www.e-switch.jp/total-care/samazama_htmls/child.html,2006,11,17)
3CLC (Child Life Council: チャイルドライフカウンシル)HP(2006) (http://www.childlife.org/)
4 日本チャイルドライフ研究会 HP(2006) (http://www.aa.alpha-net.ne.jp/alcedo/) 
………………………………………………………………………………………………
厚生労働省を中心とした国民運動である「健やか親子 21」1では,小児科等の あるすべての病院に院内学級を設置することを目標にしているが,中間報告ではその目標 達成は難しい状況である.しかし,一昔前に比べ,多くの病院において,院内学級や,訪問学 級などのシステムが敷かれるようになり,そのシステムは充実してきたと言える.
本論文では,入院児を主な対象とする病弱教育機関を院内学級機関,子どもが地域におい て在籍していた学校を地元校と呼ぶ.入院中の子どもに対する教育は以下のいずれかの形態で行われる2.

1 養護学校の本校・分校・分教室:学校教育法第71条に規定されている養護学校で,病弱 養護学級という.病院に併設されているもの以外に,寄宿舎を併設するもの等がある.高 等部まで有するケースもあるが,幼稚部を併設する場合はほとんどない.
2 小中学校の院内学級:学校教育法第75条に規定されている特殊学級の1つで,病院を校 区に含む小学校あるいは中学校が病院内に場所を借りて開設する.
3 養護学級の訪問教育:病院近くの養護学校から教員が派遣される.養護学校の障害種別 は地域により異なる.

記が入院中の子どもに対する教育の形態である.院内学級機関にて正式な教育サービ スを受けるには,地元校からの転校が必要となるが,院内学級機関への転校は入院期間が数ヶ月あること,という規定があり,短期に入退院を繰り返す子どもたちが院内教育機関を利 用できないという問題もある.また,子どもが院内教育機関に転校した場合,地元校の教育 責任は法的には院内学級機関に移行する.
しかし,地元校との繋がりは子どもにとって闘病 への意欲となる.実際に,地元校の学級通信を持ってきてくれた,学校行事のこと,委員会が 何になったか,席替えで何処の席になったか教えてくれた,クラスメイトからの手紙をもら ったこと等,で非常に勇気付けられた,という小児がん経験者たちの声も聞かれる3.しかし, このような配慮は地元校,担当教員の裁量によるところが多いというのが現状である.

入院生活が始まり,環境の変化によって身体的にも精神的にも辛い状況である子どもに とって,転校する,ということが新たな不安となる場合もある.また,西田(2002:140)は「子 どもの病気のことを地元校にどう伝えるか,親は悩むことが多い.同様に地元校の教員も, 入院中の子どもの病気をクラスメイトの子どもたちにどう伝えるか悩んでいることがあ
………………………………………………………………………………………………
1厚生労働省(2006)「健やか親子 21 中間評価報告書」(http://rhino.yamanashi-med.ac.jp/sukoyaka/mokuhyou1.html) 2谷川弘治・稲田浩子・駒松仁子・壬生博幸・斉藤淑子(2000)『小児がんの子どものトータル・ケアと学校教育』ナカ ニシヤ出版
3 (財)がんの子供を守る会(2001)『病気の子どもの気持ち』
………………………………………………………………………………………………
る」と親,地元校の間のコミュニケーションが必ずしも良好ではないことを指摘している1. 入院が決定し,子どもが入院生活に慣れてきた頃に,転校の話をし,地元校の担任教師,養護 教員,親,そして可能であれば本人も同席して,主治医より,病気の説明をしてもらうことが 望ましい.地元校の教員たちに,正しい病気の理解を持ってもらい,子ども・家族の要望を知 ってもらうことは,子ども・家族の入院生活において,そして退院後,地元校に復帰するため に非常に有益なことである.

地元校の教師と親との関係について,谷川ら(2000)は,「教師が入院中の当事者の要望や 感情を把握するには,まず保護者と出会い,病気療養に対する保護者の思いを十分傾聴する 必要がある」と述べている2.しかし,子どもの病気によるショック・不安が強い状況において は,保護者の心理状態が教師のコミュニケーションギャップを生ずる可能性があり,保護者 が学校や教師に懸念を抱く場合がある,とも述べており,両者の間を調整する存在の必要性 を記している.

入院中であっても子どもが教育を受けることのできる環境は整ってきた.しかし,谷川ら の調査3によると,学校への連絡や話し合いを行った場合の医療スタッフ,院内学級の担任の 関わりは優位に低い.このことから入院中における子ども・親と地元校の関係に関しては,親 と地元校の裁量に任されている現状がわかる.子どもがスムーズに復学をし,退院後の学校 生活を送っていく上で,地元校との良好なコミュニケーションは必要不可欠であり,両者の 間に入り,調整を行うことのできる存在が求められている.

10)治療開始 
治療が始まるとさまざまな予期しないことが起こる.親は化学療法等などの副作用に苦し
む子どもの姿に心理的に不安定になる場合が少なくない.子どもが危機状況にあることは親 の危機でもある.医療スタッフはさまざまな機会に保護者と対話をして心理的安定が維持で きるように支援する必要がある.

11)学校復帰 子どもの復学の見通しがたつと,嬉しい反面,親には新たな不安が生じる.学校復帰に関す
る親の不安は再発,外見(脱毛,かつら),体力,感染,友人,学習,病名,障害など多岐にわたる4. 上記の親の不安を軽減するためには退院時に学校側との話し合いを持つこと,学校生活における注意事項を具体的に説明することなど,病院と学校の連携を密にする必要性があるが, 谷川らの調査5によると,学校への連絡や話し合いを行った場合,親のほとんどが関与していたが,医療スタッフや院内学級教師の関与は有意に少なく,関係は貧困を示していた
………………………………………………………………………………………………
1谷川弘治・駒松仁子・松浦和代ほか(2004)『病気の子どもの心理社会的支援入門』ナカニシヤ出版
2谷川弘治・稲田浩子・鈴木智之ほか(2000)「小児がん寛解・治癒例の学校生活の実態からみた学校生活支援の方法的諸
問題」『小児がん』37(1).32-38.
3 同上 
4谷川弘治・駒松仁子・松下竹次ら(1996)「小児がん寛解・治癒後の学校生活に関する実態調査(中間報告書) 5 同上
………………………………………………………………………………………………
また,病気に関する情報を親から得ている,親が情報を伝える窓口となっているという杉本ら(2003)の調査結果1も存在する.また,この中で杉本らは,「親が病院と学校の橋渡しをするのは非常に負担である」という親の声も意見として聞かれた,と記している. 上記のように,子どもの退院の見通しが立った後,親は子どもの復学までのプロセス,復学 後の生活についての不安・悩みが生じる.しかし,現状では,親が直接,地元校との連絡を取り合い,子どもの病状説明等を行っているなど,親が抱える負担は大きい.


2.退院後 
治療が終わり,退院をしても,病気との付き合いはそれで終わりというわけにはいかない.
入院による体力の低下,再発の不安・原疾患による晩期障害など.子ども・家族は多くの不安 を抱え,退院後の生活を送っていかねばならない.入院中は傍に医療スタッフがおり,相談す ることもでき,子ども・家族の周りには病気を理解してくれる人間がいた.しかし,退院後の生 活の場は病院ではない.当然,病気を含めた子ども・家族への理解者は減ることとなり,子ど も・家族は原疾患からくる身体的・精神的不安を抱えながら,退院後の生活を送り,子どもは 小児期から思春期,そして成人期へと移行していく.

谷川ら(2002:40),「小児慢性疾患で療養(経過観察)をしている成人」をキャリーオ ーバーと定義し,キャリーオーバーの社会的自立を「社会諸集団への参加を,青年期・成人期 の同一世代として,社会から通常求められる程度達成すること,あるいはからだの状態を考 慮し,必要な場合,周囲の支援を得ながら,社会諸集団への参加を達成すること」2と述べている.
小児がんはその発症年齢ゆえ,小児期・思春期・成人期と,原疾患・原疾患からくる諸問題 を抱えながら成長し,社会生活を送っていかねばならない.社会生活を送る上でキャリーオ ーバーが抱えやすい心理社会的問題は,進学・就職,結婚出産などに関することである(駒松 2004)3.
子どもは成人し,進学・就職・結婚・出産等のライフイベントにおいて,原疾患が原因とな るさまざまな問題に直面する.ここでは,退院後,子どもが成人となっていく過程で遭遇する ライフイベントについて焦点をあて,心理社会的問題について述べていく.
………………………………………………………………………………………………
1杉本陽子・宮崎つた子・前田貴彦ら(2003)「小児がん経験者の学校問題に関する医療と教育の連携-担任および養護教 諭への 1983 年調査と 2001 年調査の比較-」『小児がん』40(2).192-201.
2谷川弘治・駒松仁子・松浦和代ほか(2004)『病気の子どもの心理社会的支援入門』ナカニシヤ出版 3同上
………………………………………………………………………………………………

1)原疾患による晩期障害 
晩期障害とは一般に治療の副作用で起こる症状のことを指し,疾患自体の侵襲,手術,放射,化学療法などの治療による直接的,間接的障害の総称である.病名・治療等により,起こる晩期障害は異なるが,現在明らかにされている具体的な晩期障害を挙げていくと,成長障害, 内分泌障害,中枢神経系の障害,心機能障害,免疫機能障害,肝機能障害,膵機能障害,二次がん (前田ら 1997)1,および知能・学習の遅れ(別所 1997)2などがある.

また,治療を終え,順調に社会復帰を成功させている子どもがいる一方で,かなり以前から うまく社会復帰できない一部の長期生存患児が存在することが報告されてきた.1990 年代 に入り,心理的晩期障害として,患者本人が生命の危機を感じるような治療状況や慢性疾患 がPTSD(心的外傷後ストレス障害)症状の原因となりうるトラウマに匹敵するという 視点が生まれ,「入院の経験がトラウマとなって様々なPTSD症状を引き起こしている」 という研究報告がなされるようになった(泉ら 2002)3.このような身体的・精神的晩期障 害が,治療終了後の小児がんの子どもたちに与える影響は少なくなく,晩期障害が原因とな り,社会的に制限を受けたりすることもある.以下で述べる問題も,その要因として晩期障害 の存在があることが少なくない.

2)告知の問題 
前章で子どもへの病名告知には親の同意が必要であると述べ,親が抱える告知に至るまで,
そして告知後の不安に対する支援が必要であると述べてきた.そしてそこには,小児がんの 発症年齢ゆえ,子どもは自己決定権を有さず,インフォームドコンセントの代替者が親であ るという前提があった.しかし,子どもが成長し,自己決定能力を有すると認められた時点で, 選択・決定権は子ども本人へ移行する.つまりはインフォームドコンセントの主たる対象者 が親から患者である子どもに移るということである.(これに関しては,アメリカ小児科学会 のガイドライン(1976,1995)が参照され,その中で,15 歳以上からはインフォームドコンセ ントを得るべきであると記されており,日本の現場もそれを準用しているとされている)
しかし,3 ,「子どもへの病名・治療の説明」の項でも述べたが,現在の日本の小児がん 治療の現場において,積極的な病名告知が為されているとは言い難い(戈木)だが,小児がん 患者が退院をし,社会生活を送っていく上で,自らの病気を理解していないことにより起こ りうる問題は多い.
小学校高学年になると病名に関心を示し,保護者(母親の場合が多い)に病名を質問する ようになる場合があると言われている.治療終了後も長期にわたり定期受診を必要とする. 子どもは健康上の問題がないにもかかわらず病院に行くことに疑問をもち,適切な説明がな い場合は重大な病気であったことを察知している場合も少なくない.保護者を困らせてはい
………………………………………………………………………………………………
1前田美穂・山本正生(1997)「小児白血病の晩期障害とその対策」『小児内科』29(2). 326-331. 2別所文雄(1997)「晩期障害の実態とその対策」『のぞみ』110.1-7. 3泉真由子・小澤美和・細谷亮太(2002)「小児がん患児の心理的晩期障害としての心的外傷後ストレス症状」『日本小児
科学会雑誌』106(4).467471.
………………………………………………………………………………………………
けないとの子ども側の配慮から,保護者に聞かない場合もある(駒松 2000:43)1.また,吉田 (2001),医療ソーシャルワーカーして,患者との面接を行い明らかになったこととして,「病 気のことがきちんと患者に説明されて初めて,その経験が患者自身のこととして受け止めら れるようになる」2と述べており,病気の説明を患児に行うことの重要性を指摘している.次項 で述べる日常生活管理に関しても,進学,就職,結婚等においても,患者自身が選択・決定を行 う際に,自らの病名,どのような治療を受けてきたかということを理解していない状態では, 選択・決定の幅が狭まるばかりか,その決定が患者に不利益をこうむる場合もある.

沖本(2001),自らの病名を知らない患者が,親に勝手に婚約をした後,再発し,相手の両親 は怒り破談となった,という両親が患者への病名告知を拒んでいた症例をあげ,「本人が病名 を知らないと悲劇である」と述べている3.進学,就職,結婚等の場面において,どこまで病歴を 明らかにするかということはいつも患者・家族が悩むところである.しかし,「病歴を明らか にする」ということ自体が告知を前提とした選択肢であるということを,患者の周りにいる 医療スタッフは忘れてはならない.

小児がんは,再発,晩期障害,二次がんなどについて長期にわたる経過観察が必要となるが, 病名説明を受けていない場合は,長期の外来受診の必要性が理解できず,疑問を持つように なる4.松下ら(2001)は「現実を理解する第一歩として病名説明をするのであれば,理解し 得る状態となった場合,できるだけ早期に本人に説明することが大切である」と,告知の必要 性を指摘している5.
上記のように,患者が自己決定能力を有し,社会生活を行っていく上で,自らの病気につい ての理解なくしては,真に患者にとって利益となる選択・決定をすることはできない.周りの 大人,医療スタッフは,患者の理解力,精神的成熟を見極め,適切なタイミングで病名説明をお こなっていくべきである.

3)日常生活における疾病管理 
慢性疾患の子ども本人に日常の疾病管理を学んでもらうことは,重要であり,それは慢性
疾患管理指導として医療保険で認められている.子どもが幼い場合,慢性疾患管理指導は,ま ず親が子どもの日常生活において必要な知識と技術を習得することによってインフォーム ドコンセントを得る.そして,子どもが成長するに従って,管理の主体は親から子どもへと移 行していくこととなる.疾病管理において注意すべきことは病気によって異なるが,小児が
………………………………………………………………………………………………
1谷川弘治・稲田浩子・駒松仁子ほか(2000)『小児がんの子どものトータル・ケアと学校教育』ナカニシヤ出版 
2吉田雅子(2001)「小児がん患者長期観察外来の意義とソーシャルワーカーの役割」『医療社会福祉研究』第 10 巻第 1 号
3沖本由里(2001)「生活に必要なケアの実際 就職,結婚と妊娠・出産」『小児内科』33(11).1563-1565. 
4谷川弘治・駒松仁子・松浦和代ほか(2004)『病気の子どもの心理社会的支援入門』ナカニシヤ出版 P43 
5松下竹次・関口典子・早川依里子・倉辻忠俊(2001)「病名の告知と心理的サポート」『小児内科』33(11).1559-1562.
………………………………………………………………………………………………
んにおいては飲酒や喫煙が二次がんの発症を誘発する恐れがあり,石本(2004),「二次がん のリスクの高い長期生存者に対する喫煙防止教育や禁煙指導をすることが必要である」と 述べている1.

このように子ども自身がセルフケア能力を獲得していくことは,子ども自身が自らの疾患 を理解していくうえでも大切であり,原疾患を抱えながら自立し,社会生活を送る上での第 一歩といえる.しかし,松浦(2002:67)は「子どもに一番近い存在である親の過保護・過干 渉が子どものセルフケア能力の獲得の過程に抑圧的な作用を及ぼす可能性を秘めている」2 と述べ,保護者は子どもがインフォームドコンセントの受けられる年齢に達するまでの代諾 者であるという長期的な見直しを,医療スタッフは提供する必要があるということを指摘し ている.
4)学校生活 学校生活は子どもにとって欠かすことの出来ない成長・発達の場であり,社会性を育む場
所でもある.小児がんはその発症年齢ゆえ,闘病生活と学校生活が並行する場合がほとんど であり,先にも述べたが,入院中の教育は院内教育機関等で行われる.

治療によって重度の障害や,恒常的な医療ケアが必要になる場合は別だが,多くの小児が ん患児は治療が終了し,退院をすれば,元いた地元校に戻っていく.前項で挙げた学校復帰に 関する親の不安のとおり,患児もまた,再発,外見(脱毛,かつら),体力,感染,友人,学習,病名, 障害など,多くの不安を抱え学校生活を送っていく.
病気の子どもの入園・入学や地元校への復学時には先にも述べた,慢性疾患児管理指導表 (現:学校生活管理指導表)が提出されることが多いが,50%以上の教師が慢性疾患児管理 表を知らないとする報告(石戸谷・赤塚,1995)3もあり,その内容は教育の現場で十分に活 用されているとはいい難い.また,こうした現状において,子どもの健康に関する情報を聞き たいとする教師の希望は 70%と報告されている(石戸谷ら 1993)4.しかし,医療従事者と教 師間での子どもに関する情報交換は,保護者の許可なしで行うことはできない. また,一般の教師が小児がん患者の復学にかかわる機会は少なく,小児がんの晩期障害に対 する認識は外部の相談機関に関することがらを含め,きわめて低いということが明らかにな
………………………………………………………………………………………………
1石本浩市(2004)「長期フォローアップ外来の構築に向けて-長期フォローアップ外来の実際-」『日本小児血液学会雑誌』 18.108-111.
2谷川弘治・駒松仁子・松浦和代ほか(2004)『病気の子どもの心理社会的支援入門』ナカニシヤ出版 P67 
3石戸谷尚子・赤塚順一(1995)「小児慢性疾患児の学校生活における QOL 向上のための医療・教育連携」『日本小児科学 会雑誌』99(12).2121-2128. 
4石戸谷尚子・廣津卓夫・赤塚順一(1993)「思春期慢性疾患児の教育上の問題点-特に保護者・担任教師 主治医との連携 について」『日本医事新報』3612,49-52.
………………………………………………………………………………………………
っている(吉田 2004)1 上記のように,小児がん患者・家族が学校生活で不安に感じることは多々あるが,実際,それ
らを解消するための医療機関と教育現場の連携は十分に為し得ているとは言いがたい現状 がある.
5)進学・就職 前述した晩期障害に該当するような症状を残すことなく退院した子どもであっても,治療
のための入院,通院による学習時間や出席日数の不足,進学に関する問題が起こることがあ る(前田 1997)2.義務教育の間は深刻な問題まで伸展することはそれほど多くはないが,高 校の場合,出席日数が足りず,進級が出来なかったりすることもある.

小児がんの治療成績向上に伴い,就職年齢に達するものが増えてきた.櫻井らは,長期生存 例の就職や進路を阻む原因の一つに,両親が子どもを遠くにやりたがらないことをあげ,親 元からの通勤は就職先の選択にあたり大きな制約になっているとしている(櫻井 1990)3.
また,沖本らは,幼少時に受けた頭部放射線照射の結果 IQ の低下を認める者もおり,そうい った小児がん経験者が,単純作業を中心とパートタイムの職に就いている可能性は否定でき ない,と述べている(沖本 2001)4.このように,晩期障害の存在が小児がん経験者の進学・就 職に大きな影響を及ぼしている場合もある.
6)結婚と妊娠・出産 小児がん経験者が結婚の際にまず悩むのは,相手に病名を伝えるかどうかである.最近に
なって,告知がなされることも多くなってきたが,古くからの小児がん経験者の中には結婚 するときに相手はもとより,本人も病気を知らない,という場合もある.そして最近では結婚 に当たって,医療者から婚約者に病気の説明をするよう望む患者も増えてきている(沖本 2001)5.

また,結婚の際に弊害となるのは,生殖機能の障害である.化学療法や放射線照射によって, 生殖機能が失う可能性がある.不妊や慢性 GVHD におる分泌不全などによって夫婦生活に支障をきたすこともある.Rauck らが 1970~1985 年にアメリカ合衆国の 25 センターで治療された小児がんの長期生存者 10425 人の調査を行い,32%が結婚し,一般の人口と比較す
………………………………………………………………………………………………
1吉田雅子(2004) 小児がん患者の教育にかかわる諸問題に関する研究-医療ソーシャルワーカーによる支援のあり方につ いて」『医療と福祉』76(38-1).58-62.
2前田美穂・山本正生(1997)「小児白血病の晩期障害とその対策」『小児内科』29(2).326-331. 3櫻井實(1990)「日常診療と小児がん 長期生存患者への生活指導-進学、職業の選択、結婚など-」『小児科診療』
53.2909-2914.
4沖本由里(2001)「生活に必要なケアの実際 就職,結婚と妊娠・出産」『小児内科』33(11).1563-1565. 5沖本由里(2001)「生活に必要なケアの実際 就職,結婚と妊娠・出産」『小児内科』33(11).1563-1565.
………………………………………………………………………………………………
ると少ないと報告している(沖本 2001)1.日本ではまだ大掛かりな報告はなく,今後の調査が 期待される.
このように,小児がん経験者が社会生活を送り,さまざまなライフイベントにおいて直面 する問題は,晩期障害,病名告知等の問題と切り離すことはできない.小児がんが不治の病で なくなってきたのはごく最近のことである.それゆえ,小児がんを経験し,社会に出て行った 人たちがどのような問題に直面し,どのようなサポートを必要としているのかということは, 未だ明確でなく,小児がん経験者への心理社会的なサポートは非常に少ないといというのが 現状である.

3.本章における考察 
本章では,小児がん患者・家族が抱える心理社会的問題と題して,その問題について時系列順に述べてきた.本章で記してきた通り,保育・遊び,教育,などの,子どもの成長発達に関する もの.親が抱く子どもへの病名説明に関する不安等の心理的なもの.医療費以外の費用から くる経済的問題,病院の近くで家を借りなければならないなどの二重生活による家族のスト レス・生活の変化,きょうだいの養育等,子ども・家族が抱える心理社会的問題は多岐に渡る.

上記から,小児がんの子どもと家族が抱える問題というのは生活全般に渡るのだというこ とが理解できた.これら全ての問題はひとつとして,分断することは出来ない.第二章で家族 はその構成員同士で円環性を有していると述べたが,家族が円環性を有する以上,小児がん 患者・家族に起こる,抱える問題もまた,円環性を有していると言える.前述したきょうだいの 問題から例を挙げれば,たとえ,きょうだいの子どもへのソーシャルサポートが充実してい ようとも,母親の心理的不安が解消されなければ,きょうだいの子ども,そして患児に影響を 与えるかもしれない.というように,家族はその構成員同士でさまざまな側面から影響を与 え合うものなのである.

家族療法の考え方によると,家族の問題は円環的に相互に関連しており,解決しやすいと ころに働きかけていくことが有効だとされている.ゆえに,子ども・家族に関わる専門職には, 子どもと家族が切り離せない存在であり,両者を一体として捉えていくという視点が支援を 行っていく際に必要である.
家族を構成員ごとに分断し,その構成員を医学モデルの見方で捉えていく手法もあるが, 私は家族を構成員同士で作る集団として捉えていくことが,家族が抱える問題,または構成 員同士の相互作用を理解すること,その関係性から,子ども・家族一人ひとりを理解していく 上で非常に重要であると考える.ソーシャルワーカーの業務が「人々が自分たちの強さを認 識・評価できるように,また発達し,自立していく自分たちの能力を確信できるように援助す ることである」2であるように,私は,ソーシャルワーカーは,当事者・家族がもつ強さを発揮できるよう傍から支えていく存在であると共に,さまざまな生活困難と関わりながら,地域 の活用しうる資源を繋いで支援すること,資源を開発することもあるが,ここでは,子ども・家 族に焦点を当てて考える.次章ではそういった視点から,小児がん患者・家族に対する医療ソ ーシャルワーク援助の必要性に絞って述べていく.
………………………………………………………………………………………………
1 同上
2 Massachusetts Department of Social Services.(1993)A.Family-Centered Approach to Case Manegement Practice.Boston: Massachusetts Department of Social Services,February
………………………………………………………………………………………………
IV 小児がん患者・家族に対する医療ソーシャルワーク援助の必要性 
第III章において,「子どもが慢性疾患に罹るということは,家族にとって大きな危機に直面 することを意味している.」と述べた.家族がその構成員間同士で,相互作用を与え合い,円環 性を有している以上,医療ソーシャルワーク援助を行う際に,病気である子どもと家族を切り離して考えることはできない. 大本らは,保健・医療の現場で働くソーシャルワーカーの使命を「心理社会的問題を持つ患者・家族・その他の利用者に対し,人間としての基本的な権利の保障という視点に立ち, 療養生活の安定や社会生活上の困難の軽減・解決に向けて援助すること,ひいては,機関全 体の全人的医療の実現に貢献すること」と定義している.(大本 1996)1

社会的な証拠を収集し,それによって,社会調査,診断,そして治療へと導く過程は,今な お心理社会的ワーカーの取り組みの基礎である2(1999:317).心理社会的アプローチは,診断主義の流れをくむソーシャルワーク・アプローチであり, その起源は,ケースワークを社会学的に体系化した「社会診断」を記したリッチモンド(Richmond,M.E.)までさかのぼる.ケースワークの最初の枠組みを作ったリッチモンドのケ ースワークは,ハミルトン(Hamilton,G.),トール(Towle,C.),ギャレット(Garret,A.) らによって理論が形成され,診断派と呼ばれるようになった.その後,診断派の流れは,ホリ ス(Hollis,F.)によって,心理社会的アプローチに引き継がれることになる.
心理社会的アプローチの源流である診断主義アプローチは,クライアントのパーソナリ ティの病理的な部分に着目するという点で,医学モデルに依拠しており,病理的側面の変容 をはかることにより,問題を解決しようとするところに特徴がある(大塚ら 1994:74)3

前章では,小児がん患者・家族が抱える心理社会的問題について,医学モデルの視点から, 時系列順に記してきた.しかし,本論文においては,これら全ての問題を,患者・家族が持つ 「弱さ」と定義しているわけではないということをここで明示しておきたい.医学モデルの視点ももちろん重要であるが,本論文では,患者・家族が持つ「強さ」,「力」 に焦点を当てた,エンパワメントアプローチの視座から,患者・家族に対する医療ソーシャ ルワーク援助の必要性,そしてその可能性について述べていきたい.

1.エンパワメント・アプローチ 
本章では,エンパワメント・アプローチの視座から医療ソーシャルワーク援助の必要性・その可能性について述べると前述した.ここではまず,エンパワメント・アプローチについ て,簡単に触れておきたい.
………………………………………………………………………………………………
1 1大本和子・笹岡眞弓・高山恵理子編(2004)『新版 ソーシャルワークの業務マニュアル』川島出版
2 フランシス・J.ターナー(編集),FrancisJ.Turner(原著),米本秀仁(翻訳)(1999)『ソーシャルワーク・トリ
ートメント―相互連結理論アプローチ〈下〉』中央法規出版
3大塚 達雄・沢田健次郎・井垣 章二ら(1994)『ソーシャルケースワーク論』ミネルヴァ書房
………………………………………………………………………………………………
1)エンパワメント・アプローチの前提と,その歴史 
エンパワメント・アプローチでは,「全ての人間が,困難な状況においても潜在的な能力と可能性を持っている」,「全ての人間がパワーレスネス(無力化)の状況に陥る危険性を 持っている」この二つを前提とする.1

ソーシャルワークのアプローチのひとつとして,「エンパワメント」という概念が用いられるようになったのは,1976 年にソロモン(Solomon.B.)が著した『黒人へのエンパワーメ ント-抑圧された地域社会におけるソーシャルワーク-』においてである.ソロモンは同書の中で,問題を個人の精神内界に起因する病理であると捉え,専門家がその治療にあたるとする従来の援助モデルでは,犯罪や貧困が蔓延し,社会資源が枯渇した地域社会において多 発する生活問題には十分に対処することができないとし,このように地域で抑圧され,パワ ーレスネスの状態にいる人々自身が,その脱却から可能であると認識し,問題解決の主体者 となれるよう支援するアプローチが必要であると主張した.

その後のセルフヘルプ運動や障害者の権利運動等の影響を受け,エンパワメント・アプロ ーチは形成されていった.その源流は19世紀から20世紀初頭にかけて,シカゴをはじめ として全米で展開したセツルメント運動に遡るとも言われている.
ソロモンが提唱した当初は,何かしらの差別をうける人々のパワーレスネスからの脱却を 意味していたエンパワメントであるが,現在は「すべての人,集団,社会の潜在能力と可能性 を引き出し,ウェルビーイング実現に向け力づける環境づくり」2(安梅 2004:2)をさす

1980 年代以降,エンパワメント・アプローチは「自己実現」というソーシャルワークの価 値を実現する原理であると捉えられることも少なくなく,専門職の使命と目的に合致する 哲学的枠組みとなっている3心理社会的アプローチ等,ソーシャルワークにおける問題理解 の場面では,クライアントの抱える問題の病理や,弱さ,欠点がアセスメントの焦点となり, クライアントが有している「強さ」や潜在的能力・可能性については十分にアセスメント が行われていたとはいい難い.エンパワメントアプローチは.クライアントが有する病理や 弱さを認めながらも,クライアントが持つ「強さ」に着目し,その強化・開発に重きをおく アプローチである.
2)エンパワメントアプローチにおける「力」(パワー)の定義 久保は「エンパワメントアプローチでは,『全ての人間が,困難な状況においても潜在的な能力と可能性を持っている』『全ての人間がパワーレスネス(無力化)の状況に陥る危険
………………………………………………………………………………………………
1久保紘章・副田あけみ編(2005)『ソーシャルワークの実践モデル-心理社会的アプローチからナラティブまで-』川島 書店
2安梅勅江(2004)『エンパワメントのケア科学』医歯薬出版 3横山 穣(1999)『社会福祉の思想と人間観』ミネルヴァ書房
………………………………………………………………………………………………

性を持っている』この二つを前提とする」と述べている.これを前提として,久保はエンパ ワメントアプローチにおけるパワーを以下の4つと定義している.

1 自分の人生に影響を行使する力
2 自己の価値を認め,それを表現する力
3 社会的な生活を維持・統制するために他者と協働する力 

4 公的な意思決定メカニズムに関与する力

エンパワメントはこれらのパワーを獲得し,強化するプロセスである.そしてこの4つのパワーが失われている状態を久保(2005:212)はまた「パワーレスネスの状態」と定義し ている1そしてまた,以下の表にあるように,ケアにおけるエンパワメントの原則が「目標を 当事者が選択する」「主導権と決定権を当事者が持つ」「問題点と解決策を当事者が考える」 2であることから「当事者」の「主体性」「自己決定」が重要なキーワードであることが理解できる. 
上記より,エンパワメントアプローチは,クライアントの主体性を前提とし,前述した4 つのパワーを得ていくための主体的な参画を原則としていることがわかる. 医療ソーシャルワーカーが,当事者である子ども・家族の主体性の尊重を具現化し,4つの パワーを得ていく過程にどのように関わっていけるか.次節からは,エンパワメントを考え ていく上で重要な「当事者による活動」を冒頭に,以下,家族,子どもが入院中に抱える心理 社会的問題,そして子ども・家族が使用しうる社会資源を含め,医療ソーシャルワーク援助 について述べていく.
………………………………………………………………………………………………
1久保紘章・副田あけみ編(2005)『ソーシャルワークの実践モデル-心理社会的アプローチからナラティブまで-』川島 書店
2安梅勅江(2004)『エンパワメントのケア科学』医歯薬出版
………………………………………………………………………………………………
2.当事者活動 
当事者活動とは,さまざまな問題を抱えた人々が,同じような苦しみや悲しみを経験した人々同士で,互いを理解し,助け合いながら,それぞれの問題の解決を目指してゆく活動のこ とをいう.当事者活動は前述した「目標を当事者が選択する主導権」「決定権を当事者が持 つ」等,エンパワメントの4つのパワーにおける「社会的な生活を維持・統制するために他 者と協働する力」,「公的な意思決定メカニズムに関与する力」を得て,発揮していく過程 であるといえる.このような当事者活動は「セルフヘルプ活動」とも呼ばれ,セルフヘルプ を目的とした団体を「セルフヘルプグループ」,「当事者団体」という.

小田(1999:86)はセルフヘルプの特徴として,情緒的サポート,個人的な情報提供の他 に,社会化,自己信頼と自尊心の獲得を挙げている1.セルフヘルプ活動を通じて孤独感を克 服し,他の人々と交流できるようになる.最終的に,セルフヘルプ活動を通して,メンバーに 自己信頼や自尊心が芽生え,メンバーはセルフヘルプ活動を通して,自分自身の問題に立ち 向かう勇気や自信,信頼を持つ.すなわち,問題に立ち向かうエンパワメントのパワーを獲得 するのである.そして,個々のメンバーのエンパワメントが,セルフヘルプ活動のエネルギー となり,「個人の問題と政治経済システムとの関連を明確化した上で,その変容を目指すソー シャルアクションが実施される」2(久保 2005:216)というように,さまざまな福祉問題の政 策変更のための源となる可能性がある.

実際,日本で最初の患者・家族のための宿泊施設(患者・宿泊のための施設の詳細については後に述べる)設立運動の発起人は,当時国立がんセンター6A 病棟にて闘病生活を送って いた,病気の子どもを持つ親の会「6A 母の会」の親が中心であった.このことは上記で述べ たように,セルフヘルプ活動が持ちうるパワーが,自分たちの「環境を変えていく力」を得て いくエンパワメントの過程,そして結果を導き出しているということを示している.ここで は当事者活動として,小児がん経験者の会・家族の会について述べていく.

1)小児がん経験者の会
小児がん経験者の会である「Fellow Tomorrow(以下 FT と記す)」は,1993 年「財団法人がん の子供を守る会」から誕生した会である.

F・T という名前には, 仲間(Fellow)と共に明日(Tomorrow)を築き上げていこうとい う願いが込められてる. 病名はそれぞれであるが,10 代から 30 代までの幅広いメンバーが 全国に存在する.その活動は「出会いの場を提供する」「お互いの経験・悩みを分かち合う」 「小児がんに対する正しい認識を広める」の3つを軸に活動をしており,互いの経験を言葉 にし,想いを共有しあう定例会や親睦会などの活動を行っている.現在では全国に同様の小 児がん経験者の会が増え,全国の会の代表を集め,情報交換を行う「リーダー会」の開催も行
………………………………………………………………………………………………
1 小田兼三・杉本敏夫・久田則夫編(1999)『エンパワメント 実践の理論と技法』中央法規出版 
2久保紘章・副田あけみ編(2005)『ソーシャルワークの実践モデル-心理社会的アプローチからナラティブまで-』川島
書店
………………………………………………………………………………………………
われている1.FT からは,「病気の子どもの気持ち」という,会のメンバーから取ったアンケー トをまとめた冊子や,それぞれの体験を綴った書籍「仲間と」を発行されており,小児がんと いう自らの病気の認知を広めるための社会への働きかけも積極的に行っている.
FT への参加条件は「自分の病状,病名を知っていること」「FT の活動の趣旨を理解してい ること」「FT に参加したいという意思を持っていること」「がんの子供を守る会の会員であ るこ」の4つである.「自分の病状,病名を知っていること」は自らが今抱えている問題,今 後抱えるであろう問題の理解のために必要不可欠であり,また「FT に参加したいという意思 を持っていること」は誰に強制されるものでもない「主体性」の上に成り立つものであることがわかる.
FT が編集・発行したアンケート冊子「病気の子どもの気持ち」2では,当事者の声があり のままに記されている.多くの小児がん経験者は,他の経験者の体験談を聞くことで「自分 だけではない」という気持ちを抱く.FT への参加理由については「情報交換をしたり,自分 の経験を役立てたい」「同じ病気の人たちと交流を深めたい」「何か人のためになることを してみたい」「自分の経験を何らかの形で生かしたい,今闘っている子どもたちを励ました い」など,経験や気持ちの共有を求めていること,そして自らの経験を前向きに捉える姿が 見て取れる.

2)院内親の会
前述した,セルフヘルプグループとしての患者・家族の会は,さまざまな疾病からアルコール,薬物依存症など,多くの会が存在する.小児がんに限ってもそれは例外ではなく,現在, 全国に小児白血病・がんを中心とする患者・家族(親)の会は 30 以上存在し,中には 20 年 以上活動を続けている家族の会も存在する(菊田 2001)3.
子どもが病気になることで,家族は大きな影響を受ける.子どもが病気になることで生じ る問題は多々あるが,子どもが病気であるという,同じような境遇の者同士が,互いの経験 や情報を共有し,励ましあうことは家族にとって非常に重要なことである.

先に紹介した,財団法人がんの子どもを守る会では,1997 年に第一回「病院内親の会連絡 会」を行っている.病院同士での繋がりを作るのはなかなか容易ではなく,同じ院内親の会 同士,横のつながりを作るという目的で企画された会であり,2005 年 5 月現在,計 9 回の連絡 会が開催されている.そこで取り上げられた問題として,注目すべきは,「病院との関係がう まくいかず,病院の協力なしで,医療スタッフとも関係を持たず活動を行っている」という 親の会が半数以上あったことである.病院と協力関係が持てない場合,親の会を開く際に院 内の場所を借りられない,会のお知らせ等の掲示が認められない,など,親の会にとって,
………………………………………………………………………………………………
1財団法人がんの子供を守る会(2006)「Fellow Tomorrow 小児がん経験者の会」 (http://www.ccaj-found.or.jp/activity/ft/index.htm,2006,11,18)
2 ()がんの子供を守る会(2001)『病気の子どもの気持ち』 
3菊田敦(2001)「家族への支援,患者・家族の会」『小児内科』第33巻第11号 1572‐1576
………………………………………………………………………………………………
非常に活動しづらい環境となってしまう. 病院との協力関係が築きにくい理由はさまざま であるが,病院のどこが窓口となるべきか,という病院側の体制の問題も大きな理由のひとつである.
病院の協力が得られている親の会では,医師,看護師,学生,臨床心理士,ソーシャルワー カーも会に参加し,院内のカンファレンス室で,疾患や治療法の正しい理解を目的とした勉 強会を行ったり,晩期障害,社会復帰,教育,病名告知などのテーマ別に講演会や話し合いを, 入院している子どもを中心にクリスマス会等の季節のイベントを行ったりと,活動の幅は広く,患者・家族にとって非常に有益な社会資源となっている親の会も存在する.

上記のように,セルフヘルプグループとしての患者・家族の会が持つ意味は非常に大きい. しかし,このような当事者・家族の会に,全ての小児がん経験者・家族が参加できるわけではなく,会にたどり着くまでのプロセスにもパワーを要する.突然の子どもの病気,入院,生活の変化.多くの環境の変化によって子ども・家族が孤立する可能性がある.そしてまた,当 事者・家族の会などの情報が,患者本人・家族が欲しいときに提供されるとは限らない.ま た,多くの子ども・家族は闘病生活で精一杯であろう.医療ソーシャルワーカーが小児がん 患者・家族に関わる際,上記のようなことに留意し,子ども・家族が抱える心理社会的問題 の解決を側面からサポートし,エンパワメントを促進するよう関わっていくことは,子ど も・家族のパワーの獲得を助ける.次節以降,そういった視点から小児がん患者・家族への 医療ソーシャルワーク援助について述べていく.

3. 家族への支援
ここではIII章で述べた家族が抱える心理社会的問題に対しての医療ソーシャルワーク援
助をエンパワメントの視点から述べていく.

1)子どもが入院することによる家族の生活の変化への支援
通常,親は子どもに一番近く,子どもの精神的安定をもたらす一番大きな存在であると言
えよう.「家族メンバーの1人が問題をもっている場合,それは家族全体に影響を及ぼす」1と いうように,親が心理的に不安定であるということは子どもに悪影響を及ぼす.ゆえに,診断 時から退院時において,親が心理的に安定して子どもの傍にいられる,看病できるよう,親の 心理面への支援は必要不可欠であり,親が精神的に安定しているということは,子どもの精 神的安定にも付与する.
ソーシャルワーク援助はクライアントとなる患者・家族を理解し,関係を築いていくこと
………………………………………………………………………………………………
1 Lisa Kaplan and Judith L Girard(1994)Strengthening High-Risk Families:A Handbook for Practitioners.New York:Lexington(=2001,小松源助監訳『ソーシャルワーク実践における家族エンパワーメント-ハイリスク家族の保全を 目指して-』中央法規出版
………………………………………………………………………………………………
から始まる.共通の体験を共有することによって家族と一体となる過程が援助を成功させる 鍵であり,「援助していく重要な部分は,関係である」1というように,医療現場において,ソー シャルワーカーは,患者・家族がソーシャルワーカーに対し,相談できる場であるという認識 を持ってもらえるようになる「過程」を経ることができるか否かが,患者・家族との関係性 を築けるか,患者・家族の社会資源となれるかどうかに大きく関わってくる.
小児がん患者・家族の闘病生活を支えていくために有用な社会資源として,家族が格安で 泊まることの出来る宿泊施設,また,院内親の会等が挙げられる.そういった社会資源を把握 し,家族に情報を提供し,繋いでいくことはソーシャルワーカーの役割である2.

2)きょうだいの養育への支援
第III章で述べたとおり,臨床の場において,きょうだいへの支援の必要性が叫ばれるようになったのはごく最近のことである.きょうだいが病院に来ても病棟に入れず,ひとり待っ ている.また,親戚の家や,祖父母の家に預けられている等の現状がある.きょうだいがさび しい思い,我慢をすることが,後にきょうだいの心理に悪影響を及ぼす可能性があることは, 先行研究や,きょうだい自身が綴った書籍等で明らかにされている.また,親もきょうだい のことは気にしつつも,病気の子どもに手一杯できょうだいの子どもに時間を割いてやれ ないことを心苦しく思っている.
病気の子どものきょうだいへの支援プログラムに関して,米国ではシブショップという 支援プログラムが存在する.しかし,日本においては,マニュアル化され,効果が認められて いるきょうだいへの支援プログラムは存在しない.ボランタリーな活動に関しては,ボラン ティアグループ「しぶたね」によるシブショップ,そしてまた,全国各地の病院で徐々にで はあるが,病院できょうだいの子を保育し,遊び相手をするボランティア団体が組織されて きている.
先に記した「長期入院の同胞に対する実践的サポート」3の中で,藤村は他県から「骨肉腫」 により東京の病院に入院してきた子どもの 2 歳になる妹に対しての 1 年間にわたる民間の 保育サポーターとの関わりの記録の分析を行っている.同レポートからもう少し情報を抜粋すると,レポート内で検証されている事例は 1 事例. 家族は 4 人家族であり,子どもの入院治療のために,母と子ども二人が上京.父親は地元の企
………………………………………………………………………………………………
1 Lisa Kaplan and Judith L Girard(1994)Strengthening High-Risk Families:A Handbook for Practitioners.New York:Lexington(=2001,小松源助監訳『ソーシャルワーク実践における家族エンパワーメント-ハイリスク家族の保全 を目指して-』中方法規出版
2 厚生労働省(2002)『医療ソーシャルワーカー業務指針』
3 藤村真弓(2001)「長期入院児の同胞に対する実践的サポート-1年間にわたるサポート記録の分析から」
(http://www.okinawa-nurs.ac.jp/kiyo/no2/1-15-1.html,2006,11,1)
………………………………………………………………………………………………
業に勤めている.東京に援助を受けられる親戚はおらず,2 歳という年齢であるきょうだい の子に対するケアの必要性があると思われ,病院のソーシャルワーカーにより,病院近くの 保育園に入所することはできたが,長期的に 1 人の子どもをケアできる体制は病院内に存在 するボランティア組織においては難しく,結果,藤村の友人が主催し活動を行っている「育 児や介護の分野でサポートを必要としている人々に対して,母親と同じような気持ちで関 わることを基本としている」グループより,保育サポーターを確保し,きょうだいの子ども への関わりが開始された,という経過である.

ここでは,関わりの経過の詳細を記すことは避けるが,藤村は保育サポーターがきょうだ いの子どもに 1 年間関わった成果を,「保育サポーターが 1 対1で長期に関わることにより 母親の代わりになれる部分を作ることができた」,「子供を母親から切り離すのではなく母 親との結びつきをより強くさせる方向へ持っていくことが可能になった」,「きょうだいの 子どもが落ち着いて生活することができていた事実が患児や両親に与えたものは大きかっ たと思われる」と述べている.
この調査は 1 事例を検証したものであり,研究報告としては不足があるが,きょうだいの 子どもへの長期的なケアを行う保育サポーターという社会資源の開発という点で,ソーシ ャルワーク援助の可能性を示唆している.
現在,保育サポーターの全国的組織としては,「ファミリーサポートセンター」などが挙 げられる.ファミリーサポートセンターとは会員同士が相互に助け合う,地域の中で育児の 相互援助活動を行う組織であり,子育てを終え,自分の子育ての経験を役立て,何かをした いと思っている親,今現在保育サポートを必要としている親,両者のニーズが合致した地域 における社会資源である.「仕事の都合で保育所への送りや迎えに行けない」「技術や資格 を得るため講習会に参加したい」「最近,育児に疲れ気味ちょっと気分転換に買い物に行きた い」「急な用事で出かけなければいけないが,放課後の子どものことが心配」等.保育サポー ト依頼する人の理由はさまざまである.
こういったサポートを病気の子どものきょうだいに対する社会資源としていくことも可 能性としては十分に考えられる.しかし,病気の子どもを持つ家族へのケアは,単なる保育サ ポートの域を超えてしまうという危惧もある.

藤村は同論文の中で,保育サポーターを選出する際,留意した点として,1子供の心のケア と同時に母親の成長も援助できる人,2時間の融通の利く人,3責任感があり,記録・報告が確 実な人,の3つをあげている.
1に関しては,母親と接する時間の短いきょうだいが心理的に不安定になる可能性が高く, そういったきょうだいとともに,病気の子どもを抱えた母親へのサポートも出来る年齢と経 験を備えた人が必要である,ということを,2に関しては,病気やきょうだいの状況で保育の 時間が変更されたり,緊急な依頼がされることも多いということが予想され,それに対応で きる,自由な時間がとれることが条件となる,と藤村は述べている.

これらをまとめると,「病気の子どもをもつ親とその家族が抱える心理社会的問題への理解がある人がサポーターとなることが望ましい」ということである.しかし,地域での相互援 助システムであるファミリーサポートでは,「近所の人に子どもの病気について知られたく ない」という家族にとっては利用することが難しいという場合もある.

ソーシャルワーカーが,既存の社会資源を利用できるよう支援していくこと,そしてまた 既存の社会資源にとらわれず,新たな社会資源を開発していくことも,クライアントの心理 社会的問題の解決を側面からサポートすることになる.きょうだいの問題に対する医療ソー シャルワーカーによる社会資源の開発に関する調査研究は存在しないため,上記の問題に医 療ソーシャルワーカーがどのような関わりが出来るかは明らかではないが,保育サポーター に対して,病気の子ども・家族の状況や,抱える問題についての勉強会を開く等のソーシャル アクションを行うことで,サポーターの理解を促進し,病気の子どものきょうだいをサポー トできる保育サポーターの育成の一助となることも考えられる.きょうだいに関するソーシ ャルサポートは現時点では不足している.社会資源を紹介し,利用を促すことだけが医療ソ ーシャルワーク援助ではない.きょうだいが抱える問題,母親がきょうだいのために時間を 割けないことに心を痛めていることがあるということを理解し,子ども・家族に関わってい くことは,「共感的理解」をもって,子ども・家族を支援していくことである.

3)病気の受容・理解,医療スタッフとのコミュニケーションに関しての支援
家族が子どもの病気を受容し,理解するには,「事実」を知らないことには始まらない.病気 に関する質問は直接主治医にするのが一番有効であると考える.しかし,家族が,医師の説明 を取り違えたり,きちんと理解できているかは,必ずしも充分ではない場合もあることから, 確認しあえるよう,ソーシャルワーカーが同席することが望ましい.次項における表でもわかるよう,近年,子ども・家族への病名説明の場に,ソーシャルワーカーの同席が少しではある が増えてきている
石本は,診断時の家族への病名説明時におけるコミュニケーションにつ いて,診断がつき次第,両親が揃ったところで説明を行う,プライバシーが守られるカンフ ァレンスルームなどで行う,できればソーシャルワーカーも同席し,後に医師の説明でわか らなかったことなどをフォローするようにする,病気の理解を促す参考書やパンフレットを紹介する,などが有用であると述べている(石本 2002)1 池田(2002)は家族と医療スタッフとのコミュニケーションに関して.家族に対して「, 事前に主治医と約束をとること」,家族が自分のなかでなにが問題なのかきちんと明らかにするこ と」,「主治医に確認したい事柄を箇条書きにすること」を勧めている.2 このように,医療ソ ーシャルワーカーが患者・家族が医療スタッフに,自らのニーズを言葉にできるような側面 的な援助を行うことは,エンパワメントであり,患者・家族が4つのパワーのひとつである 「自分の人生に影響を行使する力」を獲得をする過程を助ける.
………………………………………………………………………………………………
1石本浩市 (2002)「小児がんのトータルケア」『日本小児血液学会雑誌』16,284-289 2池田文子(2002)『子どもが病気になったとき家族が抱く 50 の不安』春秋社 P18-19
………………………………………………………………………………………………

4)家族が子どもへ病気の説明をすることへの支援
第III章で「日本の小児がん治療に携わる医師の多くが子どもに対する告知に関して非常
に消極的である」,そしてその背景には「家族が子どもへの病名告知を拒む」という現実が あると述べた.小児科医である前川(1995:93),子どもへの病名告知を阻害する最も重要な 要素として「両親が患児の疾患を受け入れられず,どのような立場になっても患児をサポー トする決意ができあがらない親が多いということ」を挙げ,また,「治療終了後,告知の必要を 感じるものの告知をできないことを悩むことが多かった」と述べており1,これらのことから, 子どもへの病名告知・説明を行う際,それを妨げているのは親の心理的不安であり,子どもへ の病気の説明・告知の問題は子どもが退院した後もついてまわる問題であるということが 見てとれる.

堀は「小児がんの子どもへの病気の説明」の中で,小児白血病研究会に所属する全国の施 設に対して 1998 ,2005 年の 2 ,「小児がんの子どもに対する病気の説明」に関するアン ケート調査2を行っている.調査結果によると,ここ 7 年間の間において,どの年齢層において も「病気の説明」の実施率が増加しているということが明らかになっている.堀は,また,子どもに対する病気の説明に期待される最も大きな利益として「, 子どもが闘病 心を持つようになる」ということを挙げ,「子どもに病気の真実を伝え,子どもが病気を人生 のひとつの出来事として受け止め,受け入れられようにサポートしていくことは子どもの自 尊感情・自己信頼感を支えるために必要である」と述べている.

また,病名説明を行うことによる問題,課題として,堀は同調査報告において「子どもの病気 に対する不安の増大」,「告知後再発した子どもへの精神的サポート体制の構築」と述べて いる.そして,病名説明・告知に関して,前川は「告知時期をめぐる両親の意見の相違が家庭問 題に発展した.しかし,この問題解決には院内親の会における集団カウンセリングが有効に 活用した」と述べており,病気の子どもを持つという経験・気持ち等を共有することのでき るセルフヘルプグループの力は大きく,有用であるということがわかる.
病名告知・病名説明を行うことには,期待される利益と同時に,子ども・家族の心理的不安 を増大させる危険性もある.子どもに対して病名説明を行うにあたり,家族の同意は不可欠 であり(表2),家族が子どもへの病名説明をするかどうかを悩む過程,そして病名説明後の 子ども・家族の心理的不安に寄り添っていく専門職の介入が必要であると言える.
………………………………………………………………………………………………
1前川喜平(1995)『小児がん患者への精神的ケア-実践報告を中心として-』日本小児医事出版 
2堀浩樹(2006)「小児がんの子どもへの病気の説明」『のぞみ』146 15-20
………………………………………………………………………………………………

表3,病気の説明を行うための患者側条件(堀ら「小児がんの子どもへの病気の説明」より 


ソーシャルワーカーが果たすべき役割は「受診や入院,在宅医療に伴う不安等の問題の解 決を援助し,心理的に支援すること」1である.小児がんの場合,病気である子ども本人の年齢 ゆえ,子ども自身へ病気の説明を行うには子ども・家族の心理的不安に対するサポートが必 要である.また,家族が,子どもにどのように説明すべきか,その表現方法も含めて,家族への情 報提供が必要となる場合もある.
近年,病名説明の場に臨床心理士や医療ソーシャルワーカーの同席が見られるようになっ た(表 3)また,2 章において,小児医療に固有なインフォームドコンセントの項目の中で 「臨床心理士やソーシャルワーカーによる社会心理的支援の紹介と利用方法」と記した通 り,病名説明の場において心理社会的視点を持つ専門職が関わっていくことの必要性は, 徐々にではあるが,小児医療の現場において認識されるようになってきている.

表4,病気の説明時の同席者(堀ら「小児がんの子どもへの病気の説明より抜粋)
………………………………………………………………………………………………
1厚生労働省(2002)『医療ソーシャルワーカー業務指針』 
………………………………………………………………………………………………
4. 本人への支援 
1)入院中に保育・遊びを受ける権利の保障
III章の「保育と遊びの問題」の項で述べたとおり,入院中の子どもにとって遊びは,元気 な子ども以上に大きな意味を持つ.子どもは遊ぶことで成長発達の機会を得て,成長してい くことのできる存在である.しかし,ハードの面から言えば,プレイルームが存在しない,遊 びに十分な広さが確保されていない,など.遊びを確保することのできる環境が充分に整え られているとは言えない.また,遊びのスペシャリストである病棟保育士・チャイルドライ フスペシャリスト・プレイスペシャリストがいる病院は少なく,ソフトの面においても,入 院中において子どもが持つ遊びの権利が保障されているとはいい難い.
これらの現状を考えたとき,遊びの権利を主張できるのは誰であろうか.入院中の子ど も・家族が「遊び」を権利だと認識し,その権利が侵害されていることを声に出して訴えて いくことができるであろうか.III章「医療スタッフとのコミュニケーション」の項でも述べ たが,家族は,医療スタッフとのコミュニケーションに悩むことが多い.医療スタッフに質 問をすることに関して,「気を悪くされたらどうしよう」等の悩みをもつことから,日本に 古くから見られる「お医者様」と「患者」という構図は,未だ医療を受ける側には残ってい るということが見て取れる.そういった中で,病院という医療を提供する場において,「遊 び」の権利を主張していくことは,家族の側にたって考えれば,難しい行為である.

医療ソーシャルワーカーは,患者・家族の最善の利益を追求していく専門職である.ADL を 重視する医学モデルではなく,QOL を重視する生活モデルから子ども・家族を捉えたと き,QOL の向上,そしてまた「成長していく存在」である子どもをエンパワメントしていく上 で,「遊び」の権利の獲得,そして保障には大きな意味があることがわかる.
子どもの「遊ぶ」という権利を保障するために,医療ソーシャルワーカーにどのようなソ ーシャルアクションが考えられるか.前項で述べた,きょうだいの子に関するソーシャルサ ポートと同様,病院における遊びの確保,権利の保障についてもまた,医療ソーシャルワー カーが関わった研究報告等は見られない.医療ソーシャルワーカーが「遊び」が子どもにと ってどんな意味を持つのか,ということを心に留め,子ども・家族と関わっていくことは意 味のあることであるが,子どもが入院をし,つらい治療を受けている姿を見ている親に「子 どもの遊び」についての話をしたところで,親にはすぐには理解できないであろう.問題を 定義するのはクライアントの言葉である,というのがエンパワメントの考え方であり,クラ イアントの言葉を尊重することが,ソーシャルワーク援助におけるクライアントの主体的 な参画を助ける.

III章でも述べたが,近年,院内で遊びを提供するボランティアなどが増えてきている.勉 強を教えたり,読み聞かせをしたり,話し相手になったり,病院という制限された場所でも, 子どもに合わせ,精力的に活動を行っている団体は増えてきている.病棟保育士やチャイル ドライフスペシャリストが病院にいることは望ましいが,このように院内で遊びを提供す るボランティア団体は,子どもが持つ「遊びの権利」を保障するために非常に有用な社会資源となる.

2)学校・教育に関する問題への支援
これまで,小児がん患者の教育に関する医療ソーシャルワーカーの関わりは,入院時に訪問教育を患者が利用できるよう調整することが主であった(吉田 2004)1.第III章で述べた とおり,院内教育機関の設置により,現在,入院中の子どもの教育の権利が著しく侵害され ているとは考えにくい.しかし,第III章でも記したとおり,谷川ら(2000)の調査2によって,学 校への連絡や話し合いを行った場合の医療スタッフ,院内学級の担任の関わりは優位に低く, このことから入院中における子ども・親と地元校の関係に関しては,親と地元校の裁量に任 されている現状が明らかになっている.また,吉田(2004)は,教育現場における,小児がんの 晩期障害の一つである学習の遅れに対する認知度はほとんどなく,教育相談機関との連携の 必要性を明らかにしている3.

西田(2002:141)は「担任教師の相談に乗ることも SW の大切な仕事である」と述べ, 「子 どもが転校する際,保護者,主治医,担当教師,養護教諭,ときには本人を含めた話し合いを行い, 主治医による病状の説明,担任教師がクラスメイトに子どもの病気をどう伝えるか等につい ても保護者,本人と相談して決めていくのが望ましい.子どもが退院する際も同様に子ども がスムーズに復学するために同様の話し合いを持つことが望まれる」と,医療スタッフと地 元校の橋渡し役は医療ソーシャルワーカーの業務であると述べている4.

子どもがスムーズに復学をし,退院後の学校生活を送っていく上で,地元校との良好なコ ミュニケーションは必要不可欠であり,また,クラスメイトからの手紙,学級通信,ビデオレタ ー等,入院中から地元校と良好なコミュニケーションがとられ, 入院後も学校の教師やクラ スメイトとのかかわりを継続することは,苦しい治療を受けている子どもにとっての精神的 支えになる.(谷川 2000:44).このように,医療ソーシャルワーカーの学校・教育に関する問題への支援は,医療スタッフ と地元校の間に入り,調整を行うことであり,子ども・家族と地元校の良好なコミュニケーションを側面から支えることである.
………………………………………………………………………………………………


1吉田雅子(2004)「小児がん患者の教育にかかわる諸問題に関する研究-医療ソーシャルワーカーによる支援のあり方に ついて」『医療と福祉』76(38-1).58-62.
2谷川弘治・稲田浩子・鈴木智之ほか(2000)「小児がん寛解・治癒例の学校生活の実態からみた学校生活支援の方法的諸 問題」『小児がん』37(1).32-38 
3吉田雅子(2004)「小児がん患者の教育にかかわる諸問題に関する研究-医療ソーシャルワーカーによる支援のあり方に ついて」『医療と福祉』76(38-1).58-62.
4谷川弘治・駒松仁子・松浦和代ほか(2004)『病気の子どもの心理社会的支援入門』ナカニシヤ出版
………………………………………………………………………………………………
3)復学への支援 
前章で,「子どもの復学の見通しがたつと,嬉しい反面,親には新たな不安が生じる.」と述べた.小児がんにもいろいろな種類があり,同じ病名であっても治療の進み方などもひとり ひとり違う.たとえ病気の子どものそばにずっと付き添ってきた親であっても,子どもの病 気のこと,注意してほしいことなどを詳細に学校側に説明することは非常に難しい.また学 校側もそういった特殊なニーズを持った子どもの受け入れ態勢などについてのマニュアル があるわけでもなく,地元校の教師が病気を経験した子どもを受け持った経験があるということも稀であろう.

第III章で,「病気に関する情報を親から得ている,親が情報を伝える窓口となっている」と いう調査結果が存在し,「親が病院と学校の橋渡しをするのは非常に負担である」という親 の声も意見として聞かれたと述べた通り,復学時に病院側と学校側の連携が為されていると は言い難い現実がある.
吉田(2004)は「小児がん患者の教育にかかわる諸問題に関する研究-医療ソーシャルワ ーカーによる支援のあり方について-」1の中で,教師が,医療ソーシャルワーカーを含む医療 関係者が学校に出向き,教師やクラスメイトに話をすることが,復学をする子どもにとって 役に立つと考えている,ということを明らかにし,復学した子どもと,子どもが属す環境であ る学校(教師,クラスメイト)との関係作りも重要なソーシャルワーク援助であると述べて いる.
このように両者の間の「橋渡し役」となるような調整役が病気を経験した子どもがスム ーズに復学を果たすためには必要であり「, 患者の職場や学校と調整を行い,復職,復学を援助 すること」と業務指針にあるように,退院時において,医療現場と子ども・家族,そして,教育 現場において,ソーシャルワーカーが調整役として関わっていくことが求められている.

5. 社会資源 
1)患者・家族のための宿泊施設
患者・家族のための宿泊施設はアメリカで始まり,その後世界中に広まった.その形態は 企業がスポンサーになっているものから,ボランティアによって運営されているものなど, さまざまである.日本では,1993 年に,ボランティア団体によって初の患者・家族のための宿 泊施設が開設した.

小児がん等の難病の場合,地域の病院などで入院治療を行うことは非常に困難であり,治 療を受けることの出来る大きな一般病院に入院することになる.自宅と病院が近ければい いが,必ずしもそうはいかず,遠方から都心の病院に入院せざるを得ない子ども・家族は,慣 れない土地での入院生活を余儀なくされる.場合によっては,病院の近くにアパートを借り たりして,自宅とアパートの二重生活を送っている親もいる.山本(1998)は,このような二 重生活を送る家族は,精神的な面だけではなく,経済的な面でも大きな負担を強いられてい
………………………………………………………………………………………………
1吉田雅子(2004)「小児がん患者の教育にかかわる諸問題に関する研究-医療ソーシャルワーカーによる支援のあり方に ついて」『医療と福祉』76(38-1).58-62.
………………………………………………………………………………………………
るということを指摘している1 このような状況に置かれた子ども・家族にとって,非常に有用な社会資源となるのが,患者・家族のための宿泊施設の存在である.宿泊施設の形態,運営主体はさまざまであるが,そ のほとんどが持つ特徴は,病院へのアクセスがよいこと,宿泊料が格安(1000 円,2000 円ほ ど)であるということである.アパートの一部屋や,住宅の一階部分を賃貸し,運営している 団体もあれば,アメリカン生命保険会社からの寄付金と国庫扶助金において建設され,財団 法人がんの子供を守る会が運営を行っている宿泊施設「AFLAC ペアレンツハウス(東京都台 東区,江東区に計 2 棟)」のように規模の大きいものも存在する.

ここで「AFLAC ペアレンツハウス」の概要について少し触れておきたい.「AFLAC ペアレ ンツハウス」は一階に「財団法人がんの子供を守る会」の事務所を併設し,地上八階建て, 計 20 室を有し,その他施設として,図書・情報コーナー,相談室,プレイルーム,セミナール ーム,キッチン,洗濯コーナーなど,生活をする上で必要なものが揃っている.また,ペアレ ンツハウスでは,小児がん等の難病に関する地域への情報発信・啓蒙活動として,ハウス内 でのコンサートに地域住民を招待する等,患者・家族のための宿泊施設が地域で孤立した存 在ではなく,「宿泊施設が何のために建てられ,そこにはどういった人たちが出入りしてい るのか」ということまでをも,地域住民に理解してもらえるような活動を行っている.実際, 地域の町内会から寄付を受ける等,宿泊施設を通して,そこに宿泊している子ども・家族へ 目を向けてもらう機会となっている.

施設によっては,専属のハウスマネージャーが常駐しており,生活の相談等を受けている. また,宿泊施設の利用方法もさまざまで,子どもが入院中・通院中の家族が宿泊する以外に も,自宅が遠方の子ども・家族の外泊の場として使用したり,自宅での外泊の準備として使 用したりする場合もある. 1998 年には厚生省が景気対策臨時緊急特別枠で「慢性疾患児家 族宿泊施設の整備」として 94 億円を要求,3 次補正予算に 19 億円が計上され,国としても, 難病の子ども・家族の宿泊施設の建設に援助の姿勢を示している.
このように,患者・家族のための宿泊施設の存在は,入院・通院生活を送る子ども・家族の, 身体的・精神的な安定を図る一助となる.

2)経済的な制度
医療ソーシャルワーカーの役割のひとつとして,「経済的間題の解決,調整援助 ,入院・入院外を問わず,患者が医療費,生活費に困っている場合に,社会福祉・社会保険等の機関と連携 を図りながら,福祉,保険等関係諸制度を活用できるように援助する」2というものがある.実 際,医療ソーシャルワーカーが受ける相談は経済的な問題が非常に多い.医療ソーシャルワ ーカーはただ社会資源のひとつとして制度・サービスの情報を持っているのではなく,どう
………………………………………………………………………………………………
1山本恵理佳(1998)「骨髄移植患者家族のための宿泊施設の設立に取り組んだソーシャルアクション報告」『医療ソーシ ャルワーク』第 32 72 P18-21
2 厚生労働省(2002)『医療ソーシャルワーカー業務指針』
………………………………………………………………………………………………
いった場合,どういった患者・家族に使える制度・サービスであるのかを熟知している必要がある.第III章で述べたとおり,小児がんの子どもを持つ家族は医療費以外の入院生活にか かる経済的不安を抱いていることが多い.以下,本項では小児がんの子どもと家族が利用で きる可能性のある制度・サービスについて記す.

1高額療養費制度
同じ被保険者が同じ月に同一の医療機関に支払った医療費の自己負担額が高額になった
ときに,自己負担の限度額を超えた分が,被保険者からの申請により後から高額療養費として支給される.

2小児慢性特定疾患治療研究事業
児童福祉法に基づき,身体に障害のある児童に対する育成医療の給付及び補装具の交付,
結核児童に対する療養の給付並びに小児がん等小児慢性特定疾患に罹患している児童に対 する医療費の援助を行っている. 小児がんや慢性腎疾患などの特定疾患(11 種)にかかっ たとき,健康保険などにより治療を受けた際の自己負担分が支給される措置.悪性新生物・先 天性代謝異常・慢性血液疾患などが含まれる.手続きは医療助成申請書・診断書(小児慢性 疾患の場合は意見書)・住民票を居住地の保健所に提出する.問い合わせは保健所もしくは担当医療機関となる.

3特別児童扶養手当
20 歳未満の心身障害児を養育する父母又は養育者に対して支給される手当.障害状況に応じて 1 ,2 級に規定されていて,手当月額は 1 50,750 ,2 33,800 . 受給資格 が認定されると,申請月の翌月分から,毎年4月・8月・12月に各月の前月分までの手当が 支給される.(東京都心身障害者福祉センターHP)

4障害児福祉手当
身体又は精神に重度の障害を有する児童に対して支給される手当.受給資格が認定される と,申請月の翌月分から,毎年2月・5月・8月・11月に各月の前月分までの手当が支給さ れる.手当月額は14,380円.(東京都心身障害者福祉センター)

5療養助成制度
1968 年(昭和 43 年)から開始されたがんの子供を守る会が行っている助成制度.
その財源は守る会に寄せられる寄付金である.特別療養費援助(所得制限なし) 差額ベッド代等,治療に直接かかった費用の分を上限 20 万で援助する. 助成世帯平均年収:277,73 万円
助成項目として,入院手当て,差額ベッド代,家族滞在費,交通費,骨髄移植にかかる費用な どがある.申請に所得制限はないが,支給金額に差はある.
H17年度,108件 総助成金額1000万円.
一般療養費援助(所得制限あり):
一律 5 万円の助成.総収入 400 万までという制限あり. 昨年
60 .総助成金額 300 万円

小児がんの子どもと家族が利用できる制度は多い.そしてこういった制度・サービスと子 ども・家族とを繋ぐのはソーシャルワーカーの役割である.そしてまた,先に述べたように, ソーシャルワーカーと家族が,社会資源の情報を集め,それを活用していくという「過程」を 共有することは,信頼関係を築く上で重要であり,そして家族をエンパワメントしていくこ とにも繋がる.また,制度・サービスの紹介からソーシャルワーカーが家族との間に信頼関 係を築くことは,入院生活において患者・家族に新たなニーズが表出した際,ソーシャルワ ーカーが有用な 1 つの社会資源であるということを家族が認識していれば,ソーシャルワー カーにアクセスできる,という意味で非常に重要なことである.

6.退院後の小児がん経験者が抱える心理社会的問題に対しての支援
1)長期観察外来・長期フォローアップ外来
前章で,「小児がん経験者が社会生活を送り,さまざまなライフイベントにおいて直面する 問題は,晩期障害,病名告知等の問題と切り離すことはできない」と述べたが,退院後,原疾患 を抱えながら社会生活を送っていく小児がん経験者にとって,原疾患は切っても切れない存 在であり,上手く付き合いながら社会生活を送っていかねばならない.

小児がんが治る病気となり,原疾患を克服し,社会に出て行く小児がん経験者が増えるに 連れ,医療的な視座から長期経過観察を必要とする小児がん経験者への支援を目的とした長 期観察外来,長期フォローアップ外来などと呼ばれる外来が医療機関において,開設されるようになった.

本節では,このような退院後の長期フォローアップを行う病院外来を,退院後の小児がん 経験者にとってのひとつの社会資源と捉え,医療的視座に加え,心理社会的視座からの支援 を目的として開設された,順天堂大学医学部付属順天堂医院の長期フォローアップ外来にお ける,医療ソーシャルワーカーの役割を記した論文等から,退院後の小児がん経験者への医療ソーシャルワーク援助について,述べていきたい.

(a) 順天堂大学医学部付属順天堂医院,長期フォローアップ外来の概要
1998 年(H10 年),小児腫瘍専門科医を中心にソーシャルワーカーも同席し,小児がん患 者を対象とした長期観察外来を総合診療科に開設.小児がん患者への長期フォローアップを 目的として開設されている外来は存在するが,外来の形態を医師,ソーシャルワーカーの 2 という形態をとった初の試みである

(b)外来の対象
高校生以上(16 歳以上)に達した小児がん経験者

(c)外来の主な目的
1 現存
,または今後発生する可能性のある晩期障害への対応
2 生活上のさまざまな出来事に対する心理社会的問題を支援すること
. 3 関連する他の診療科との連携を円滑にすること

(d)長期観察外来におけるソーシャルワーカーの関わり
医師の外来での診療に毎回同席.患者には医師から心理社会的な問題に対応する外来であ
,そのためソーシャルワーカーが同席しているとの旨を伝える. 外来診療時のみではなく,患者の希望するときに面接ができるよう,必要があれば面接室での面接や,電話での相談,入院時はベッドサイドでの相談,他診療外来受診時には患者に同 行している.

(e)ソーシャルワーカーが直接相談を受けた内容 

1 医療費・障害年金など,社会保障制度について 
2 進路について
3 家族関係について

4 職場での人間関係について
5 医師に話す内容について
6 他診療科の医師の説明について
(f)ソーシャルワーカーの役割
1 生活背景の把握
2 社会資源の利用
3 患者と医師の間の介入・調整


(g)長期観察外来にソーシャルワーカーが関わったことによる成果
ソーシャルワーカーが外来診察時に同席することで,生活場面での話ができるようになり,医師と共に患者の生活課題を共有しやすくなった.ソーシャルワーカーの心理社会的視点を 加味することで,患者自身の自立,自己管理を念頭においた支援がより促進された.
以上,吉田雅子(2002)「小児がん長期観察外来におけるソーシャルワーカーの役割」1より要約・抜粋した.

2)退院後,社会生活を送る小児がん経験者への医療ソーシャルワーク援助
上記からわかるように, 順天堂大学医学部付属順天堂医院長期フォローアップ外来にお ける医療ソーシャルワーク援助で注目すべき点は,1ソーシャルワークの対象者が患者本人 中心であるということ.2原疾患による晩期障害,進路,家族・職場での人間関係等の心理社会 的問題,社会生活を送る上で患者本人が抱える問題に焦点をあて,ソーシャルワーク援助を行っていること.である. 長期フォローアップ外来では,高校生以上,原則として病名告知を受けている子どもを対象としているが,第II章のインフォームドコンセントの節で述べた,アメリカ小児科学会のガ イドラインの中の「15 歳以上からはインフォームドコンセントを得るべきである」という 記述に則れば,本外来の受診者は「自己決定能力」を有していると言える.

業務指針の「主体性の尊重」における「患者自身が適切な判断を行えるよう,患者の積極 的な関わりの下,患者自身の状況把握や問題整理を援助し,解決方策等の選択肢の提示等を 行うこと」2から,ソーシャルワークの言う自己決定とは,クライアント自身が,自らが直面し ている問題に気づくことが大前提であり,そして医療ソーシャルワーカーは患者自身が自ら の問題に気づく,という作業・過程を側面からサポートする必要がある.ということがわかる.

私は,自己決定権を有し,それを行使するということは,自らが決定した事柄により,もたら される利益・不利益を理解し,起こりうる事態に責任を持った上での行為である,と考える. そういった意味で,小児がん経験者たちが進学・就職・結婚・出産等,ライフイベントを経験 していく上で行う決定や,そこで直面しうる問題と対峙するには,自らの疾患,を理解してい る,という必要があると考える.

発症年齢の幼さ,そして難治性の疾患ゆえ,告知が積極的に行われていない小児がんであ るが,闘病を終えた子どもたちが成人し,自立し,社会生活を送っていく上で,自らの疾患によ って起こりうるリスク等の真実を知らずに行う決定は,果たして真に「自己決定」と言える のか,非常に疑問である.

吉田は,「こども」ではなく「一般」を扱う総合診療科での受診を行う長期フォローアッ プ外来が「患者自身が当事者であるという認識をもつ契機となった」と述べている(吉田 2002)3このことは,まだ若い小児がん経験者が自らの人生を自らの足で生きていくために非 常に重要なことである.自身が当事者であるという認識を持つということは,自らの問題に 「気づく」ことの第一歩である.自らが持つ問題に気づき,その問題の存在が社会においてど のような意味を持つのか,という考える過程を経て,初めて「問題の社会的・構􏴡的な特質を
………………………………………………………………………………………………
1吉田雅子(2002)「小児がん長期観察外来におけるソーシャルワーカーの役割」『日本心療内科学会誌』6(3).167-170. 2 厚生労働省(2002)『医療ソーシャルワーカー業務指針』 3吉田雅子(2002)「小児がん長期観察外来におけるソーシャルワーカーの役割」『日本心療内科学会誌』6(3).167-170
………………………………………………………………………………………………
理解する」1というエンパワメントにおける最初のプロセスを踏むことができるのである. そういった意味で小児がんの子どもが成人していく過程で,病名説明を受け,自らの疾患・今 後起こりうる問題等にきちんと目を向けることのできる環境を築いていくことこそが,大人 になりゆく小児がん経験者の周りにいる家族,教師,医療スタッフたちが子どものためにで きる最善のサポートである.

その中で医療ソーシャルワーカーに求められる役割とは,,小児がん経験者の「気づき」を 促し.エンパワメントをしていくことである.自らの問題に気づくことは,自己決定能力を強 める.そしてまた,子どもから大人になりつつある小児がん経験者にとって,自らの問題に自 分で気づき,選択し,決定できたという意識は自信に繋がり,自信を獲得するという経験の蓄 積は,自己肯定感を生む.このように自己肯定感・自己信頼感を得ていく過程こそが,まさにエ ンパワメントにおいて問題となる4つのパワーである「自己の価値を認め,それを表現する 力」2を得ていくプロセスなのである.子どもが幼少期に大病を患ったことは,傍から見れば不 幸なことかもしれない.しかし,子どもは「成長していく存在」であり,その過程で「自らで環 境を変えていくことのできる力」を獲得し,育むことができる可能性が生まれる.
医療ソーシャルワーカーがそういった視点から大人になりゆく小児がん経験者に医療ソ ーシャルワーク援助を行うことは,本人がエンパワメントにおけるパワーを得ていく過程を 側面から支援していくものである.
………………………………………………………………………………………………
1久保紘章・副田あけみ編(2005)『ソーシャルワークの実践モデル-心理社会的アプローチからナラティブまで-』川島 書店 P205
2久保紘章・副田あけみ編(2005)『ソーシャルワークの実践モデル-心理社会的アプローチからナラティブまで-』川島 書店 P212
………………………………………………………………………………………………

V.終章 1,考察
本論文では,医療ソーシャルワーカーが,小児がん患者・家族に対して,診断が成され,入院 が決定した時点から,子どもと,その家族の治療を支える.生活支援という視点をから,心理社 会的問題を解決するために,側面からサポートを行うことで,患者・家族自身が,今現在抱える 問題への対処のみならず,さまざまな問題を予期できたり,予防したりすることもできる可 能性があるという仮説を立てた.それらの仮説に対し,小児がん患者・家族が直面する心理社 会的な問題に焦点を当て,エンパワメントアプローチの視座から,ソーシャルワーク援助の 可能性を探ることとした.さらに,小児がん患者・家族に対する医療ソーシャルワーカーの援 助の必要性と果たすべき役割を明らかにすることを試みた.

小児がん患者・家族が抱える心理社会的問題は,保育・遊び,教育などの,子どもの成長発達 に関する側面.親が抱く子どもへの病名説明に関する不安等の心理的な面.医療費以外の費 用からくる経済的問題,病院の近くで家を借りなければならないなどの二重生活による家族 のストレス・生活の変化,きょうだいの養育等,小児がん患者・家族が抱える心理社会的問題 は多岐に渡っていた.子どものライフステージのそれぞれの発達課題において,子ども・家族 に対する医療ソーシャルワーク援助は,これらの心理社会的問題に対し,1患者・家族が,自ら の問題に自ら気づくことを促す,というエンパワメントの視点2患者・家族の生活を脅かす 心理社会的問題に対しての直接的援助の視点3社会資源の活用.この3 つの視点を持ち援助 を行うことが重要であることがわかった.

1)当事者活動 上記で記した「患者・家族が,自らの問題に自ら気づくこと」に関しては,当事者活動がそ
れを助けると考えた.当事者活動に関しては,小児がん経験者の会,院内親の会について,上 記4つのパワーの視点から考察を行った.これらの当事者の会は,単に経験や思いを共有す るだけではなく,自らの問題を見つめなおすのに役立ち,そして自らの経験を整理すること の出来る場にもなっていた.「自らの問題に自らが気づくこと」「主体性」これらはエンパ ワメントを行っていく上で必要不可欠であり,そしてまた,自らの経験を,今抱える問題を 言葉にできることは,まさに先に述べたエンパワメントにおける「自己の価値を認め,それ を表現する力」の強化・開発していくことである.そういった意味で,経験者の会が,小児が ん経験者のエンパワメントをなす上で大きな意味を持っていることがわかった.
このようなセルフヘルプグループがソーシャルワーカーに求める役割は,セルフヘルプ グループとソーシャルサポートをつなぐ媒介役になり,活動全体の推進を支えることである と私は考えた.小児がん経験者の会 FT では開始当初ソーシャルワーカーが関わっていたが, 次第にメンバー主導となっていった.また,院内親の会の項で述べたとおり,会と病院との窓 口に医療ソーシャルワーカーがなることも考えられる.

上記ように側面からのサポートを行うこと.病院との調整役,橋渡し役として医療ソーシャルワーカーが機能することは「, 他の保健医療機関,保健所,市町村と連携して地域の患者会, 家族会を育成,支援すること」1という医療ソーシャルワーカーの役割を果たし,患者・家族会 のエンパワメントも促進するという上でも非常に重要なことである.

このように,患者・家族の会が持つ意味は大きく,患者・家族が社会生活を送っていく上で 有用な場となる.しかし,,全ての患者・家族が当事者の会に参加できるわけではない.突然の 子どもの病気によって絶望し,孤立する可能性のある子ども・家族に対し,2患者・家族の生 活を脅かす心理社会的問題に対しての医療ソーシャルワークの直接的援助については,以下 の通りである.

2)本人への医療ソーシャルワーク援助について
入院中の患児に関する心理社会的問題に関しては,成長・発達に必要不可欠であり,子どもの権利でもある「遊び」,「教育」について記した. 病院における遊びに関しては,病棟保育士,チャイルドライフスペシャリスト,プレイスペシャリスト等の配置数から見るに,子どもが持つ遊びの権利が保障されているとは言えない現状が存在した.成長発達に欠かせない遊びを受けることは,子どもの権利であるが,医療を 受ける場である病院において,患者・家族が遊びの権利を主張していくことができるかは疑 問であり,医療ソーシャルワーカーが,その権利の保障に対し,患者・家族の声をアドボケイト していく必要もあると思われた.

教育については,院内教育機関等,訪問教育など,病院近くの養護学校から教員が派遣され るシステムも存在し,子どもが教育を受ける権利が著しく侵害されることは考えにくい.し かし,闘病中の子どもにとって,地元校とのクラスメイト等との繋がりは闘病の意欲となる が,そのような配慮は地元校の担当教員の裁量によるところが多かった.また,親は子どもの 病気を地元校にどう伝えるか悩んでおり,また,退院が決まり,学校復帰に関する子ども・親が 抱える問題は,再発,外見,体力,友人,学習,病名など多岐に渡っていた.

これらの不安を解消するための一つの方法として,退院時に病院側と学校側,親の3者で 話し合いをもつことは非常に有用であるが,実際,話し合いが行われた場合でも,医療スタッ フや院内学級教師の関与は優位に少なく,親が学校側へ対し情報を伝える窓口となっている ことが多く,復学に関しても親の抱える不安・負担が大きいということがわかった.
上記のように,患児と地元校の情緒的つながりは患児の精神的安定の一助となる.そして また,地元校との良好なコミュニケーションは,親の精神的負担を軽減することにもなる.こ のように,両者の情緒的つながりを保つこと,また,患児・家族と地元校の間に入り,両者のコ ミュニケーションギャップを埋めること,患児と地元校の情緒的つながりを保つ一助となる 支援を行うことは医療ソーシャルワーカーの役割であると考えられた.また,復学時の支援 にいては,退院・復学のめどが立った時点で,ソーシャルワーカーは家族の意向を聞き,家族と 共に学校側と話し合いを持つということ.また学校側に対しては,担任の先生の相談に乗り,
………………………………………………………………………………………………
1 厚生労働省『医療ソーシャルワーカー業務指針』
………………………………………………………………………………………………
病気をした子どもにどのように接していけばいいのか,同じクラスの生徒にはどのように伝 えればいいのか,などということを共に考えること.学校に出向き,教師,クラスメイトに患児 への理解を促すために介入していくという方法も考えられた.

また,退院後の小児がん経験者が抱える心理社会的問題は,原疾患による晩期障害,告知の 問題,日常生活における疾病管理,学校生活,進学・就職,結婚と妊娠出産など,多岐に渡り,ライ フイベントにおいてさまざまな困難を抱えていた.しかし,退院後の小児がん経験者に対す るソーシャルサポートも入院中と同様に非常に少ないという事実が存在した.退院後の長期 経過観察を行う長期フォローアップ外来において,医療ソーシャルワーカーが小児がん患者 に関わることは,ソーシャルサポートの非常に少ない,退院後の生活を送る小児がん経験者 にとって,直面している心理社会的問題への対応,今後起こる可能性のある問題の把握と言 う点で,非常に有益である.それゆえ,医療ソーシャルワーカーが,長期フォローアップ外来な どの長期観察を行う外来に同席する意味は大きい.

3)家族への医療ソーシャルワーク援助について
子どもが小児がんであるという事実が親に与える影響は大きく,家族が安心して闘病生活を送るためには,家族が子どもの病気をきちんと理解し,自らの力で選択を行うことができ る環境が必要であり,家族が子どもの病気を受容し,理解をするということは非常に重要な 事柄であるということが理解できた.しかし,第III章,「子どもへの病名の説明」で記したとおり,日本の小児医療の現場は,子どもへ病名告知を行うことに関して消極的であること,そし てまた,親が,子どもへ病名告知を行うことに非常に大きな心理的不安を抱いているという ことが明らかになった.このことから,親・子どもが安心して病名告知・説明を受けられるこ とのできる環境を作ることが必要であるということが理解できた.
しかし,それに反して,多 くの親は,医療スタッフとのコミュニケーションについて悩んでおり,医療スタッフと親と の良好なコミュニケーションを促進するために,親と医療スタッフのコミュニケーションギ ャップを埋める橋渡し役として,医療ソーシャルワーカーが関わっていく必要性があると考えられた.

病名の説明時から医療ソーシャルワーカーが患者・家族に関わることは,患者・家族の心 理社会的不安に寄り添い,起こりうる問題に対処することができる可能性を生み,そしてま た,病名説明の場面を機会にソーシャルワーカーが子ども・家族に関わるということは,入院 中・退院後等,今後遭遇する可能性のある問題に対し,子ども・家族自身が医療ソーシャルワ ーカーを有用な社会資源として活用することのできる可能性,そして,ときには医療ソーシ ャルワーカーが子ども・家族のニーズに能動的にアプローチしていくことのできる可能性 も生まれると考えられた.
家族と医療スタッフのコミュニケーションに関しては,家族と医療スタッフの間の信頼関 係は最初から存在するわけではなく,家族が,子どもの病気を受容・理解し,子どもの治療に 「参加する」こと,その過程を経て,築き上げられていくものであると考えられる.ゆえに,療スタッフとの良好なコミュニケーションを得ることは,クライアントの援助過程への主体 的参画により,クライアント自身がパワーの行使を経験し,肯定的自己評価,いわば,自己肯定 感を得ていく,というエンパワメントの実践課程であると言える.医療ソーシャルワーカー は,クライアント自身が行動し変革の主体になるという側面をもち,その成就体験が個々の クライアントがパワーを獲得し,自尊感情を高めていく方向に機能するということを理解し, 家族が医療スタッフとのコミュニケーションの場を設定したり,質問したりできるよう,家 族を側面から支援していくことは家族のエンパワメントを促進することになると考えられる.

4)ソーシャルサポートについて
第II章で記した,現代家族は核家族が多いという事実から,小児がんの子どもがいる家族
にとって,きょうだいの子どもを預けたり,保育園の送り迎えをしてもらう等の物理的サポ ート,または心理的不安等を共有する等の情緒的サポートが得にくい可能性があることがわ かった.
実際,子どもが入院することによる生活の変化は家族に大きな影響を与えていた.特に子 どもがまだ幼く,付き添い者が必要な場合,付き添い者の心労は非常に大きく,自宅から遠方 の病院に子どもが入院した場合に,付き添い者がアパートを借りること等の「付き添い生活 費」,その他,「入院室料差額」,「交通費」など,小児がんの治療費は基本的に公費負担とな っているが,それ以外の費用が家庭を圧迫し,経済的な不安となっていること,患児にきょう だいがいる場合,きょうだいの子どもは,祖父母に預けられたり,父親のみに養育されたり,そ の他さまざまな我慢を強いられ,それらがきょうだいの子どもに心理的悪影響を及ぼす可能 性があること,そしてまた,感染症等の危険から 15 歳以下の子どもは病棟に入れない病院が 多いなど,きょうだいに対するソーシャルサポートが不足しているということが現状をみる ことができた.

これら,小児がん患者・家族にとってのソーシャルサポートとなる有用な社会資源につい ては,患者家族のための格安の宿泊施設や,経済的問題の解決の一助となる制度等が存在し た.ソーシャルワーカーと家族が,社会資源の情報を集め,それを活用していくという「過程」 を共有することは,信頼関係を築く上で重要であり,そして家族をエンパワメントしていく ことにも繋がると思われた.そしてその過程で重要なのは,ソーシャルワーカーが,家族に対 して「必要であろうと考える」社会資源を先に紹介するのではなく,あくまで,家族の立場か ら,今困っていることを言葉にしてもらい,その言葉を元に,それに即した社会資源を紹介し ていくということであり,「家族が自分たちのニーズを言葉にしたり,優先順位をつけたりす ることにかかわればかかわるほど,変化することに打ち込んでいける可能性が大きくなる」 というように,社会資源を活用していく過程は,家族をエンパワメントしていく上で非常に 有用であると考えられる.

そしてまた, 「AFLAC ペアレンツハウス」のように,同施設内にソーシャルワーカーがいるということは,家族にとって「相談しやすい」という環境を作る可能性を提供するかもし れない.「クライアントは,自分からすすんで相談室のドアをノックする人ばかりではあり ません」(笹岡 1996:2)1というように,病院に相談室があっても,その扉を全ての家族が開 けようと行動を起こすわけではない.しかし,生活の場により近い患者・家族のための宿泊 施設ならば,病院よりは相談しやすいという可能性もある.患者・家族のための宿泊施設に 病院の医療ソーシャルワーカーが赴き,社会資源の勉強会などを行うことができたら,ソー シャルワーカーに繋がる機会のなかった家族がもつ,潜在的ニーズをキャッチする機会と なる可能性も考えられる.

また,第IV章,「きょうだいの養育への支援」で述べたとおり,ソーシャルワーカーが,既存 の社会資源を利用できるよう支援していくこと,そしてまた既存の社会資源にとらわれず, 新たな社会資源を開発していくことも,患者・家族の心理社会的問題の解決を側面からサポ ートすることになる.

2.結論 
本論文では,医療ソーシャルワーカーが,小児がん患者・家族に対して,診断が成され,入院が決定した時点から,生活という視点を持ち,心理社会的問題を解決するために,側面からサ ポートを行うことで,患者・家族自身が,今現在抱える問題への対処のみならず,さまざまな問 題を予期できたり,予防したりすることもできる可能性があるという仮説を立て,それらの 仮説に対し,小児がん患者・家族が直面する心理社会的な問題に焦点を当て,エンパワメント アプローチの視座から,ソーシャルワーク援助の可能性を探ること,小児がん患者・家族に対 する医療ソーシャルワーカーの援助の必要性,果たすべき役割を明らかにすることを試みた.

前述したとおり,小児がん患者・家族が入院中,退院後に抱える心理社会的問題は多岐に渡 り,心理的,社会的,家族の問題等,それら一つひとつが生活上の困難になっており,それら心理 社会的問題に対するソーシャルサポートは不足していた.そして,考察で述べた,1患者・家族 が,自らの問題に自ら気づくことを促す,というエンパワメントの視点2患者・家族の生活を 脅かす心理社会的問題に対しての直接的援助の視点.3社会資源の活用.この 3 つから考察を 行った心理社会的問題への医療ソーシャルワーク援助についてまとめると以下の 6 つが挙げられる.

1心理的不安への支援
病名説明時から医療ソーシャルワーカーが患者・家族に関わることは,患者・家族の心理社会的不安に寄り添い,起こりうる問題に対処することができる可能性を生み,そしてまた, 病名説明の場面を機会にソーシャルワーカーが子ども・家族に関わるということは,入院
………………………………………………………………………………………………
1大本和子・笹岡眞弓・高山恵理子編(2004)『新版 ソーシャルワークの業務マニュアル』川島出版
………………………………………………………………………………………………
中・退院後等,今後遭遇する可能性のある問題に対し,子ども・家族自身が医療ソーシャルワ ーカーを有用な社会資源として活用することのできる可能性,そして,ときには医療ソーシ ャルワーカーが子ども・家族のニーズに能動的にアプローチしていくことのできる可能性 も生まれる.

2当事者活動への支援
セルフヘルプグループがソーシャルワーカーに求める役割は,セルフヘルプグループとソーシャルサポートをつなぐ媒介役になり,活動全体の推進を支えることである.院内親の 会の項で述べたとおり,会と病院との窓口に医療ソーシャルワーカーがなることも考えられ る.このように側面からのサポートを行うこと.病院との調整役,橋渡し役として医療ソーシ ャルワーカーが機能することは「, 他の保健医療機関,保健所,市町村と連携して地域の患者会, 家族会を育成,支援すること」1という医療ソーシャルワーカーの役割を果たし,患者・家族会 のエンパワメントも促進するという上でも非常に重要なことである

3患者・家族の代弁(アドボケイト) 
医療ソーシャルワーカーが,入院中に子どもが遊び・教育を得る権利の保障に対し,患者・家族の声をアドボケイトしていく必要がある.

4患者・家族と地元校・医療スタッフとの間の橋渡し役
患児と地元校,両者の情緒的つながりを保つこと.また,患児・家族と地元校の間に入り,者のコミュニケーションギャップを埋めること,患児と地元校の情緒的つながりを保つ一助 となる支援を行うことは,患者・家族の精神的不安を減らし,家族が医療スタッフとのコミュ ニケーションの場を設定したり,質問したりできるよう,家族を側面から支援していくこと は家族のエンパワメントを促進することになる.これらは医療ソーシャルワーカーの役割である.

5ニーズの開拓
患者・家族のための宿泊施設に病院の医療ソーシャルワーカーが赴き,社会資源の勉強会などを行う等,ソーシャルワーカーに繋がる機会のなかった家族がもつ,潜在的ニーズをキ ャッチする機会を開拓することは,能動的ニーズの開拓というソーシャルワーカーの役割 のひとつである.

6社会資源の開発 
「きょうだいの養育への支援」で述べたとおり,ソーシャルワーカーが,既存の社会資源を
利用できるよう支援していくこと,そしてまた既存の社会資源にとらわれず,新たな社会資源を開発していくことも,患者・家族の心理社会的問題の解決を側面からサポートすることになる.

これらのことから,小児がん患者・家族に医療ソーシャルワーカーが診断時から関わり,生 活上のさまざまな心理社会的問題への援助を行うこと,そして当事者活動への関わりや,心 理的不安への支援などの直接的支援,そしてまた,ニーズの開拓や,社会資源の開発などのソ ーシャルアクションを行うことが,小児がん患者・家族に対して大きな意味を持つこと,そし て,医療ソーシャルワーカーが,治療を行うことを超えて,さまざまな生活上の課題を含めて 援助を行うことの必要性・果たすべき役割が理解できた.

本論文では患者・家族が抱える問題を医学モデルの視点から捉え記してきた通り,医療ソ ーシャルワーカーが,疾患が原因,または医療に関する心理社会的問題を抱えている患者・ 家族と対峙する以上,患者・家族を理解する上で,医学モデル的な視点で患者・家族を捉え ることは避けられない.しかし,私は,医学モデルの視点から小児がん患者・家族を捉えたと き,そこで明らかになる心理社会的な問題・それを有する子ども・家族を,エンパワメント の視点で捉えなおすことで,子ども・家族が,「支援される存在」ではなく,人生における様々 な場面において決定を行使することのできる「力」を持つ「主体者」として捉えることが できるということ,そしてそれこそが,長い人生の途中にいる小児がん患者・家族の「主体 形成を基礎とする自己実現の確立」を成すために,医療ソーシャルワーク援助を行う上で重 要な視点のひとつであると考える.ソーシャルワーカーは患者・家族を生活の視点から支援 する職業である.それゆえ,例え病院が生活の場ではなくとも,そこで制限されることを「当たり前である」と思うことがあってはならず,患者・家族の権利としての「したい」の実現 に全力を傾けるべきである.

本論文では主に入院中の小児がんの患者・家族への医療ソーシャルワーク援助を中心に 考察を行ったが,「退院してからのほうが大変であった」という小児がん患者たちの声も多 く聞かれる.不治の病であった小児がんの治療成績が向上し.やがては.1千人に 1 人以上の 小児がんを経験した成人が社会に進出するであろう事実は.医療技術の発展を示すと同時に. 現疾患からくる晩期障害等の心理社会的問題を有した小児がん経験者が増える可能性があ ることを示唆している.小児がん患者・家族への医療ソーシャルワーク援助が専門化し,確立されていない中で,退院後,さまざまな心理社会的問題に直面している小児がん経験者への 支援をどのように行っていくかが今後の課題であるといえる.


引用・参考文献
池田文子(2002)『子どもが病気になったとき家族が抱く 50 の不安』春秋社 泉真由子・小澤美和・細谷亮太(2002)「小児がん患児の心理的晩期障害としての心的外傷
後ストレス症状」『日本小児科学会雑誌』106(4)467‐471. 石戸谷尚子・廣津卓夫・赤塚順一(1993)「思春期慢性疾患児の教育上の問題点-特に保護者・
担任教師 主治医との連携について」『日本医事新報』3612,49-52 石戸谷尚子・赤塚順一(1995) 小児慢性疾患児の学校生活におけるQOL向上のための医療・
教育連携」『日本小児科学会雑誌』99(12).2121-2128. 石本浩市(2002)「小児がんのトータルケア」『日本小児血液学会雑誌』16,284-289. 石本浩市・吉田雅子(2004)「長期フォローアップ外来の構築に向けて-長期フォローアップ
外来の実際-」『日本小児血液学会雑誌』18.108-111. 医療改善ネットワーク(1998)「リスボン宣言-日本語訳」
(http://www.mi-net.org/lisbon/D_Lisbon_j.html,2006,11,15) 太田にわ(2002)「入院児への母親の付き添いが同胞に及ぼす影響と看護ケア」『小児看護』
25(4).466-471.
大本和子・笹岡眞弓・高山恵理子編(2004)『新版 ソーシャルワークの業務マニュアル』

川島出版
沖本由里
(2001)「生活に必要なケアの実際 就職,結婚と妊娠・出産」『小児内科』
33(11).1563-1565.
小田兼三・杉本敏夫・久田則夫編(1999)『エンパワメント 実践の理論と技法』中央法規 出版
ガイドライン作成委員会(2006)『小児がん経験者のためのガイドライン』財団法人がんの 子供を守る会
外務省(1994)「児童の権利条約」 (http://www.mofa.go.jp./mofaj/gaiko/jido/index.html,2006,11,29)
栢女霊峰・山縣文治編(2002)『家族援助論』ミネルヴァ書房
川村匡由編
(2006)『2006 年版 福祉の仕事ガイドブック』中央法規出版. 菊田敦(2001)「家族への支援,患者・家族の会」『小児内科』33(11).15721576. 清川加奈子 藤原千恵子(2002)「小児がん患者が入院中に求めるソーシャルサポートに関
する研究」『小児がん』39(2).92‐195. 金城やす子・松平千佳(2004)「小児看護における医療保育士の存在と今後の課題」
(http://bambi.u-shizuoka-ken.ac.jp/tk/04tk/04%2016.pdf,2006,12,1) 久保紘章・副田あけみ編(2005)『ソーシャルワークの実践モデル-心理社会的アプローチ
からナラティブまで-』川島書店
厚生労働省『平成 15 年 医療施設(動態)調査・病院報告』 厚生労働省(2002)『医療ソーシャルワーカー業務指針』
56
厚生労働省(2006)「健やか親子 21 中間評価報告書」 (http://rhino.yamanashi-med.ac.jp/sukoyaka/mokuhyou1.html,2006.11.14) 国立成育医療センター研究所成育政策科学研究部(2005)「平成 17 年度小児慢性特定疾患治
療研究事業の全国登録状況」
(http://www.nch.go.jp/policy/shoumann15/15tourokujyoukyou.htm,2006.12.3) 駒松仁子・井上ふさ子・小田原良子ら(1991)「小児がんの子どもと家族の実態調査(第一
報)-両親・子どもへの病名告知について-」『小児保健研究』50(3).353-358. 戈木クレイグヒル滋子(1997)「小児白血病のトータルケア:病名説明(告知)の日米比較」
『小児看護』20.295-298.
戈木クレイグヒル滋子(2004)「小児がん専門医の子どもへの truth-telling に関する意識

と実態:日米比較」
(http://www.pfizer-zaidan.jp/fo/business/pdf/forum10/fo10_kak.pdf,2006,10,26) (財)がんの子供を守る会(2001)『病気の子どもの気持ち』 (財)がんの子供を守る会(2006)「Fellow Tomorrow 小児がん経験者の会」
(http://www.ccaj-found.or.jp/activity/ft/index.htm,2006,11,18) 櫻井實(1990)「日常診療と小児がん 長期生存患者への生活指導-進学.職業の選択.結婚など
-」『小児科診療』53.2909-2914. 末永香(2002)「小児がん患児の発病・療養が同胞に及ぼす影響と看護ケア」『小児看護』
25(4).471-477. 杉本陽子・宮崎つた子・前田貴彦ら(2003)「小児がん経験者の学校問題に関する医療と教
育の連携-担任および養護教諭への 1983 年調査と 2001 年調査の比較-」『小児がん』第
40(2).192-201. 世古口さやか(2006)「チャイルド・ライフ・スペシャリストとは」
(http://www.e-switch.jp/total-care/samazama_htmls/child.html,2006,11,17)
谷川弘治・駒松仁子・松下竹次ら(1996)「小児がん寛解・治癒後の学校生活に関する実態 調査(中間報告書)
谷川弘治・稲田浩子・駒松仁子ほか(2000)『小児がんの子どものトータル・ケアと学校教 育』ナカニシヤ出版
谷川弘治・稲田浩子・鈴木智之ほか(2000)「小児がん寛解・治癒例の学校生活の実態から みた学校生活支援の方法的諸問題」『小児がん』37(1)32-38
谷川弘治・駒松仁子・松浦和代ほか(2004)『病気の子どもの心理社会的支援入門』ナカニ シヤ出版
治験ナビ(2006)「医療におけるインフォームドコンセント」 (http://www.chikennavi.net/word/ic5.htm) 都田雅子,石井文子(1979)「小児がん患者・家族へのケースワーク的アプローチについての 考察」『医療と福祉』36.28-36.
57

濱中喜代(2003)「治療処置 検査を受ける小児と家族」松尾宣武・濱中喜代編『健康障害 をもつ小児の看護(新体系看護学29小児看護学2』メヂカルフレンド社 412.
樋口明子(2004)「小児腫瘍患児家族の実態に関する研究-生活モデルからのアプローチ」 東洋大学大学院社会学研究科福祉社会システム 2004 年度修士論文
病児の遊びと生活を考える会(1999)『入院児のための遊びとおもちゃ』中央法規出版 藤村真弓(2001)「長期入院児の同胞に対する実践的サポート-1年間にわたるサポート記録
の分析から」(http://www.okinawa-nurs.ac.jp/kiyo/no2/1-15-1.html,2006,11,1) フランシス・J. ターナー (編集), Francis J. Turner (原著), 米本 秀仁 (翻訳) (1999)
『ソーシャルワーク・トリートメント―相互連結理論アプローチ〈下〉』中央法規出版 別所文雄(1997)「晩期障害の実態とその対策」『のぞみ』110.1-7. 堀浩樹(2006)「小児がんの子どもへの病気の説明」『のぞみ』146 15-20. 前川喜平ら(1995)『小児がん患者への精神的ケア-実践報告を中心として-』日本小児医事
出版社 前田美穂・山本正生(1997)「小児白血病の晩期障害とその対策」『小児内科』29(2).326-331. Massachusetts Department of Social Services.(1993)A.Family-Centered Approach to
Case Manegement Practice. Boston: Massachusetts Department of Social
Services,February 松下竹次・関口典子・早川依里子・倉辻忠俊(2001)「病名の告知と心理的サポート」『小児
内科』33(11)P.1559-1562.
安梅勅江(2004)『エンパワメントのケア科学』医歯薬出版 山本恵理佳(1998)「骨髄移植患者家族のための宿泊施設の設立に取り組んだソーシャルア
クション報告」『医療ソーシャルワーク』32(72).18-21. 吉田雅子(2001)「小児がん患者長期観察外来の意義とソーシャルワーカーの役割」『医療社
会福祉研究』10(1).13-20. 吉田雅子(2002)「小児がん長期観察外来におけるソーシャルワーカーの役割」『日本心療内
科学会誌』6(3).167-170. 吉田雅子(2004)「小児がん患者の教育にかかわる諸問題に関する研究-医療ソーシャルワー
カーによる支援のあり方について」『医療と福祉』76(38-1).58-62.
横山 穣(1999)『社会福祉の思想と人間観』ミネルヴァ書房 吉峯康博(1998)『医療と子どもの人権』明石書店.
Lisa Kaplan and Judith L Girard(1994)
Strengthening High-Risk Families:A Handbook for
Practitioners.New York:Lexington(=2001,小松源助監訳『ソーシャルワーク実践にお ける家族エンパワーメント-ハイリスク家族の保全を目指して-』中央法規出版

 ………………………………………………………………………………

SCA発のメールマガジン→ご登録はこちらから!
HYのメールマガジンに登録する→登録はこちら
  • ?±??G???g???[?d????u?b?N?}?[?N???A